いま、実は瀬戸内海の小豆島のさらに沖にある余島という小さな無人島に来ています。東京ドームおよそ2個分の広さです。無人島といっても人工物が何もないわけではなくて、神戸YMCAが管理するキャンプ施設があります。

神戸YMCAは戦後間もない1950年からこの場所で子どもたちを対象にしたキャンプを行ってきました。

日本ではキャンプは自然体験であるかのように思われていると思うのですが、実はアメリカでは、民主主義教育の一環とされているんです。専門用語では「オーガナイズド・キャンプ」というんですけど、伝統的なしくみがあるんです。

子どもが10人1組くらいでグループになって、1つのキャビンで生活をともにします。グループごとにキャンプ・カウンセラーという世話役がつきます。キャンプ・カウンセラーはそのキャンプの卒業生だったりします。

グループがいくつも集まって、ビレッジという集団単位を形成します。ビレッジごとにエリアが分けられ、広いキャンプ場にいくつかの村が点在しているイメージになります。

キャンプ場には、サイクリングやカヌーなど、いろいろなアクティビティが用意されていて、午前中、子どもたちは自分の好きなアクティビティを個別に選びます。決して集団活動ではないんです。

午後は自由時間です。自分で好きなことをして過ごします。本を読んでいてもいいし、勉強していてもいいし、お散歩していてもいい。思い思いに過ごします。その様子を、キャンプ・カウンセラーはよく見ています。

夜、キャビンに戻って、その日1日のことをお互いに共有します。共同生活をしていればトラブルも起こります。それを話し合いで解決します。そうやって、共同体におけるふるまいを実地的に身につけていくわけです。

アメリカには、名門高校ならぬ、名門キャンプのようなものが存在していて、社会を支える錚々たるエリートたちが輩出していたりします。

神戸YMCAのキャンプも北米発祥の「オーガナイズド・キャンプ」の考えをベースにしています。

そこでようやく今日のテーマです。キャンプから帰ってきた子どもに絶対に言ってはいけないひとこととは?

答えは「どうだった?」です。

それを聞かれると子どもは、自分の気持ちを無視して「うん、楽しかった!」と言うロボットになってしまうと、余島でのキャンプのスタッフの1人が私に教えてくれました。親が発するそのひとことは、親自身が、自分が選んだキャンプが正解だったかどうかをたしかめるための自分本位な質問だということなんですね。

親が黙っていれば、子どもが自ら何かを表現するはず。それを待てと。自分が安心するための言質をとるのではなくて、子どもの様子から辛抱強く子どもの内面を想像するのが親の役割だと。

実は、この余島のキャンプ場、今年の9月末でその75年におよぶ歴史に幕を閉じます。もともと神戸YMCAの所有地ではなく、場所を借りて活動を行っていたのですが、土地のオーナーが変わり、リゾート開発が予定されています。

多くの寄付に支えられ、いろんなバックグラウンドをもつ子どもたちが気軽に参加できるキャンプ文化を牽引していた神戸YMCAの余島キャンプが終わるというのは、子どもの学びよりも経済発展なのかなといういまどきの社会の世知辛さを象徴しているようにも思えます。

どうか、この夏休みに、みなさんの身の回りにある、経済的には役には立たないけれど子どもの学びには大いに役に立っているような場所や施設の価値を、考えて見てほしいなと思います。
 

 

※2025年8月7日のFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容です。