「森のようちえん」って聞いたことありますか?
ざっくりいうならば、「森のようちえん」とは、自然のなかで子どもたちを自由に遊ばせるスタイルの幼児教育・保育のムーブメントの総称です。この場合の自然には、里山、川、海、都市公園なども含まれます。自主保育で森のようちえんしている子育てサークルもあれば、認可幼稚園や保育園が森のようちえんすることもあります。
自然の中での子育てって、直感的に「いいな」と思えると思うんですけれど、何がいいのかを言語化しようと思うととても難しいですね。むしろ森のようちえんではそういう言語化できないものの価値をまるごと直感的に感じとる感受性をもつひとを育てようとしているのです。
『ルポ森のようちえん』という拙著が10月15日から発売されるので、詳しいことはそちらをぜひご覧いただきたいのですが、今回は、森のようちえんを語るうえで非常に重要なキーワードを2つ紹介したいと思います。「セレンディピティ」と「センス・オブ・ワンダー」です。
森のようちえん全国ネットワーク連盟という組織の理事長をしている内田幸一さんに話を聞いたとき、森のようちえんで子どもが身につけるであろう力のひとつに、何気ないことに気づいてその背景を推測する力を挙げていました。これは「セレンディピティ」と呼ばれる概念に非常に似ています。
セレンディピティとは、『セレンディップの三人の王子たち』という寓話にちなんでつくられた造語で、「偶然と才気によって探してもいなかったものを発見すること」という意味があります。詳細は割愛しますが、要するに内田さんは、『セレンディップの三人の王子たち』のようなひとを育てたいと言っているのです。
そのための第一歩が、たった一個の松ぼっくりやたった一匹のテントウムシに「わぁ!」と思う感性だと内田さんは言っていました。その感性を、海洋生物学者のレイチェル・カーソンは「センス・オブ・ワンダー」と呼びました。彼女の遺作で次のように述べています。
もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。
妖精の力にたよらないで、生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。
(レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』より)
「センス・オブ・ワンダー」は森のようちえん関係者が異口同音にするキーワードです。いろいろな森のようちえんがありますが、共通するのは、その関係者が「世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人」であろうとしていることでした。
「セレンディピティ」と「センス・オブ・ワンダー」にあふれる「森のようちえん」の保育を知れば、たとえ実際に森のようちえんを利用しなくても、子育ての視点というか、子どもへのまなざしが変わると思います。
なので、完全に宣伝になっちゃいますが、ぜひ10月15日発売の『ルポ森のようちえん』をご覧ください。自信作です!
※2021年10月7日にFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容です。
『ルポ森のようちえん SDGs時代の子育てスタイル』(おおたとしまさ著、集英社新書)


