選挙?もありますが
6日に期日前投票してきました。
投票所には100人以上の人混みでした。
きっと投票率いいだろうなあ~と。
2月8日には必ずやることがあります。
消滅したような、未だ、引きずっているような
グループ「季の栞」のお仲間4人に
お電話したり、メールをさしあげたりします。
毎年。
Yさんにお電話いたしました。
(Yさんは私よりちょっと年上で
やっぱりお一人暮らしです。)
お会いすることがなくなって、何年もたちましたが
お電話すると「あら~お元気でしたか?」と。
「1年に1回だけのお電話となってしまいましたが・・・、私今年81歳になりました。あの日から
21年たったのよ」と私。
「あのときのことわすれません。今元気に
出来てるのはYさんたちのお陰です。
あの時Yさんが受け付けで、緊急です!」と。
大きなお声をだしてくださったこと、今も
耳に残ってます。
まあ~とYさん。
(グループの中で一番おしとやかで、大きな声など
出したこともない方です。)
Fさんにもお電話、Fさんとは時々あって、
マルシェをやったりしてますが、2月8日の
お電話は改まって
「その節は本当にありがとうございました。
病院の待ち合いで最後まで待っていてくれたことも
覚えています。」と。
(看護士さんに帰ってくださるようにと
伝えてもらいました。)
Aさん、お留守でしたのでメールにしました。
「救っていただいた命で81歳になりました。」
「あの時60歳でしたから、未だ21歳かな?
もう少し生かされるかしら?」と。
遠く千歳市に移られたHさんにもメールで。
彼女から「私も覚えています。玄関で
見送られたご主人の顔も覚えています。」と。
すぐにメールがきました。
彼女の車で病院に運んでもらいました。
おとなしいYさんが、私のようすがおかしいと
「病院に行きましょう」と采配してくれたのです。
「急性心筋梗塞」でした。
たまたま、循環器のドクターの診察日でした。
カテーテルを入れて
「ステントを装置して血管を広げます」。
2日前にテレビでそのステントを入れて
血管を広げる手術を見ました。
その話をすると、「その手術です」と。
それから2年後検査でまた血管が細くなっていると
言われ、またステントを入れました。
そして
それから
さてさてこれから先どれくらい生きられるか
分かりませんが
繋いでくださった皆さんに感謝して
出来ることをやっていきたいと思っています。
この辺まで下書きして
テレビの開票を見ていました。
キャー
北海道どうなるの?
12小選挙区で11人が与党の当選
私の支持した方が落選
どうして?
9日の新聞
与党300議席をうかがう勢い
自民単独で過半数を確保する予定。
どうする北海道!
どうする高市さん!
ではまた~

