「心が動くこと」に耳を傾けて
「自分」に向き合い
言葉を紡ぐ旅の真っ最中
松本あゆみです
肚の底からわかった!と言えた時こそ、新たな始まり
「今のわかった、は
わかってないわかったでしょ?」
今学んでいる場の師から
ドキッとする
ツッコミをいれられました
「うーん、わかった。
と言った今のあゆちゃんは
アドバイスしてもらったし
ちょっとやってみようかな、
できるかどうかわからないけど。
という感じだったけど、どう?」
その言葉、
まさにそうでした!!!!(汗)
となったのは
言うまでもありません・・・
上っ面の言葉はお見通しなんだよね
学びの場の終わりが
近づいてきている今日この頃
終わりが近いと言っても
まだ1か月ほど時間はあるのに
心の中では
「ここまで、って思ってたところに
全然たどりついてない!」
「数か月という時間があったのに
何も変わってないんじゃないか。」
「周りの仲間は
あんなに変化し続けてるのに
それに比べて・・・」
「もうここでの時間がない!」
といった
「ない」フォーカスを拡大させていたり
周りを見ては
「いいな、いいなぁ。」となっていたり
とにかく
「×だらけの自己評価」をすることで
自分になんらかのメリットを
作り続けてきたんですね
そんなわたしを見ては
「だからね。」
と
何度も何度も繰り返し
大切なことを伝え続けてくれる
師がいることは
本当にありがたい一方
何度もやりすぎて
そのうち
嫌気をさされるんじゃないかと
思うくらいです(笑)
で、話の中で
何を指摘されたかというと
変わりたい
変えたいという気持ちの先で
最後の最後で
甘い姿勢をとって
守りに入って、
自分を逃がし続けている
という
キビシイけど
紛れもない事実について。
わかりやすい例をあげると
ダイエットしたい!
来月までに2キロ落とす!
そのために毎日〇〇する!
と決めたのに
あと1週間で
それを達成できそうというタイミングで
「今日くらいいっか。」
「今日は〇〇があって時間がないし。」
「明日からやったらいいや。」
と、なっていく感じ
わたしの「逃げ」は
ダイエット中の
運動からの逃避ではないけど
日ごろの自分に厳しいくせに
肝心要の踏ん張りどころで
「だって〇〇だしなぁ。」
とあきらめる
しかも無意識に
何度も、何度も。
いやーーー。
耳が痛すぎて
聞きたくなかった現実を
改めて言われてしまいました
学びの場で出される
いろんなワークや課題
完璧ではないにせよ
こなしていく中で
それなりに
「変わった・・・?」
となることは
たーくさんあって
この場のおかげで、
と感じる場面は
数えきれないほどあります
でも
どんな場所で何を学ぼうとも
本当の『この先』は
何かをやったらそうなる、のではなく
それをすると自分で決める
これ以外に超える方法はないんだ
というのを
改めて教えてもらえて
この1か月をどう過ごすか
(行動をとにかくするとかではなく)
が問われ
「自分で決めるというのは
そういうことなんだ。」
と、
やーーーっとわかったところです
(頭で理解した、だからまだできてはない 汗)
また同じところで
同じことを続けて
同じ景色を見て行きますか?
それとも
同じ景色とさよならして
新しい景色を見に行きますか?
無意識に
デフォルトで
やってきている思考のクセ
それをやめるのか
続けるのか
そんなの「わたし」が決めるしかない。
ひとりじゃ
越えられなさそうな山なので
仲間の力も借りながら
振り子のように
右に左に揺れながら
「わたしはどっちに行きたい?」に
集中していこう
(ここで宣言)
