「心が動くこと」に耳を傾けて
「自分」に向き合い
言葉を紡ぐ旅の真っ最中
松本あゆみです
葉っぱがより瑞々しく広がっていく季節は好きなんだけどね
暑い、暑いと言いながら
走り回って
スポーツに打ち込む
子どもたちは
元気そのものだけど
一方、
暑さと体力不足に
やられている母は
すでに、
夏を乗り越えたのかくらいに
疲れております(爆)
言い訳をすると
スポーツの習い事あるあるで
休日の朝は
平日より早起き、
送迎やら見学やら
動いてないのに力を使い
先週末は合い間に
長女の演奏会があって
往復2時間半
(演奏10分もないw)
身体も
心も
ドーンと落ちてたここ最近
自分の状態がよくない自覚は
もちろんあって
そこに
「手伝ってくれない」
「言ってもやらない」
「自分からやらない」
家族が目の前にやってくるので
久しぶりに
(と言いつつ、子どもたちは
イライラ母さんがデフォルトかもしれないけどw)
どっかーん!!!
イライラ!!!
となってました( ;∀;)
そもそも私が
コミュニケーションエラーを
起こしてるから
仕方のない結果ではあるけど
自分の世界で
生きている子どもたちには
「私の気持ち」は
まったく伝わっていないし
(ということは
子どもにとっては勝手にキレる
扱いにくい母親なのかもしれない)
単身赴任中の夫には
小さなモヤりの
ひとつひとつを解説することなく
「もういい。」
と、心のシャッターを
ガラガラっと下ろして
ひとりで悶々としていて
余計に事態をこじらせる、
(長期戦にさせる)天才だと
自分でも思います(爆)
特に夫とは
生活スタイルが変わって
今どこで何をしてるのか
わからなくなったことで
電話やメッセージのやりとりも
思った通りにいかないし
「今じゃない!」
というタイミングだったら
それにもイラつきw
単身赴任生活が始まって
まだ3カ月くらいですが
すでに
すれ違い夫婦を自覚中です
(先は長いぞ)
物理的距離でできる溝はすごい
そうして
自分の内側で膨らんでくるのが
「わかってくれ ない 」
「気付いてくれ ない 」
「大事にしてくれ ない 」
そんな「ない」ばかりの妄想でした
本当は
わかってほしい
気付いてほしい
大事にしてほしい
のに、
現実は
それとはまったく
逆のことばかりのような
感覚になって
怒りの感情が加速し
時間差で
少しずつ顔を出してきたのが
「悲しみ」の感情
学びを重ねることで
ようやく
少しずつ、少しずつ
怒りの下に隠れてる感情に
目をこらすことができるようになってきて
今回の
「悲しみ」を認知したとき
不思議な体験をしたんです!
(前置きがかなり長くなりました)
たまたま、
信号待ちをしていた場所の
目の前にあった
自転車屋さんのおじさんが
「それは、
えらかったなぁ。
(=辛かったなぁ、
しんどかったなぁ。)」
と、
お客さんの大学生に言った言葉が
ふわっと
私の耳にはいってきました
(予想するに遠いところでパンクかなんかして
押して歩いてきたのかな?)
えらかったなぁ。
えらかったんぁ。
えらかったなぁ。
その言葉が
頭の中、
心の中で
何度も響いていて
すごく
ギューッとした気持ちになって
そっか。
私が私にこれを
やってなかったんだ。
と、
人の声で入ってきたものが
自分の中に
すーーーっとはいってきました
(スーパーに行く途中だったのに危うく涙が出そうになった)
自分でやってないから
周りに対して
そういう言葉や態度を求めてしまうし
思ったように
もらえなかったときに
ある意味、子どものように
「なんでやってくれないのー!!!」
と、
駄々をこねてすねちらかして・・・
私がサボってたから
事態がこじれていってて
全部、私じゃないか。
って思いました(/ω\)
「お母さんなんだから。」
「他の人は余裕でやってるんだから。」
「これくらい当たり前だし。」
と誰かと比べて
自分はまだまだ。という感覚で
「もっとがんばれ!」をやりがちだけど
そんな私に
学びの仲間が
「しんどいと感じるのも
それがツラいと感じるのも
あゆちゃんが決めたらいいんだよ。」
と言ってくれて
その言葉もまた
じんわりと沁みた(涙)
誰にも迷惑をかけないんだから
自分で労ってもいいし
労っていいし
なんなら、大歓迎してやるべきこと。
そこをサボって
誰かに求めてる場合じゃないんですよね・・・
日常、私たちのまわりには
いろんなサインや
メッセージが隠れているというのは
聞いていたけど
たまたま通りがかった
自転車屋さんの前で
おじさんが
お客さんにかけた
「えらかったなぁ。」
も
きっと今の私に
必要なことだったから
耳に入ってきたんだろう
そんな風に解釈しています
もしかすると
「そんなの偶然やん。」
って
思う方もいるかもしれないし
私自身も元は
そういう考え方だったので
気持ちはよくわかるんですが
それを
「たまたま」と受け流すか
「偶然の一致」と受け取るかは
その人次第でどっちでもいいんですよね
でも
「偶然の一致」と喜んでみたり
受け取って展開してみたり
「こういうことかも?!」と
次の何かにつなげられる方が
日常の何気ない風景に
より彩りが増えて
その積み重ねである人生が
豊かになるんじゃないかな
と、今は思ってます
右から左に流すのが得意技だけど少しずつで
「はっ!」を増やしていきたいものです
今回、たまたま
キャッチできただけで
普段は
スルーしまくっていることが
たーーくさんあるだろうけど(笑)
そういう小さなカケラを
拾っていくような
歩み方をしていきたいものです^^
ここまで
読んでいただいて
ありがとうございました
松本あゆみ



