★「八咫鏡」は「操体法」?
年末に年賀状を出せない事情もあり
元旦は家に引きこもって
現代語訳の「古事記」と「カタカムナ言霊の超法則」を改めて併せ読んでいました。
日本の神様のストーリーに思いを馳せることで勝手にお参りの代わりにさせていただきました。
アマテラスが天の岩屋戸に引きこもった際に、八咫鏡(やたのかがみ)に映った我が姿を見て・・・の行は大好きですね!
鏡に映った自分の姿を「自分より尊い別の神」と勘違いして・・。
悪い癖ですぐ操体法と結びつけたくなります。
そうすると
操体法は八咫鏡に当たるんではないの?
そんな思いつきが(笑)
師匠の今先生は「操体法は自分自身なんだよ」ってよく言います。
操体法を受けた人は大なり小なり何らかの変化が出るんですけど
それは、普通の鏡に映った自分じゃなくて、
八咫鏡に映し出された
その人それぞれの中にある「アマテラス大御神」が
姿を見せた瞬間って、解釈ができます。
入門編ですらよく理解できないカタカムナとか言霊ですが、
同じ音の言葉は同じエネルギーを発するらしいので
「自分自身」の「自身」は「自信」「自神」に言い換えることもできますね。
「ジシン」は内的な現象が大きく外に示される。そんな解釈でいいんかな?
汚れた窓ガラスを通して見てきた景色って当たり前に見ていますけど、
窓ふきをすると汚れの中に潜んでいた綺麗なガラスが出てきて
見える景色が一変してクリアになって
「わ~こったにガラス汚かったんだ~!!」
こんな経験をたま~にします。
曇った自分の中にある知らなかった
綺麗に輝く「自らの神」を映し出す鏡が「操体法」
操法を受けている人はその人の「自らの神」を見る。
だから、あんな現象が起こるんだべな!
