『知的好奇心・精神的な成長・強い意志』を育む・・・。 | fadoおじさんのblog~明日の君に~

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子ども達の未来を共に考える、小さな個別指導の学習塾の先生fadoおじさんのblogです。

 大学、高校を合わせても、数えるほどしか、受験生はいないのですが、その少ない受験生の入試がすべて終了しました。高校3年生は、それぞれ、納得できる大学に合格し、後は、公立高校の合格発表を待つばかりです。

 

『塾って何を指導するの?』と、聞かれた場合、私は『「知的好奇心」・「精神的な成長」・「強い意志」を育むこと』を目指して指導をしております。しかし、正直に言うと、とても難しいテーマであることは確かですね。

 

日頃の勉強でも、高校受験や大学受験でも、常に、これらのテーマを思い浮かべて、真剣に生徒たちと膝を突き合わせて、しっかりと向き合っていると、彼らや彼女たちの「知的好奇心・精神的な成長・強い意志」は、手に取るように伝わってきます。だから、受験前であっても、合否の可能性の手ごたえは、掴めるものなのですね。まだ、公立高校は合格発表前ですが、少ないながらも、全員が志望校に合格出来るとの感触をつかんでいます。

 

 そういえば・・・。かなり以前、難関進学高を受験した、女の子の生徒がいたのですが、合格発表当日『先生ダメでした』。と泣き崩れるに彼女に、『明日、私立高校の入学費用を納めないように、お母さんに言いなさい。いいかい、きっと追加合格の連絡が来るからね』。と、とんでもないことを言ったことがあります。

 二日後・・・。案の定、彼女から『受験した高校から追加合格の連絡が来ました』と。耳から電話を話さなければならないほど大きな声で、連絡が来ました。その、1時間ほど後、母親と彼女が満面の笑みを浮かべて教室にやって来ました。

 

 そして、『先生、どうして私が追加合格できると解ったのですか?』と、不思議がる、彼女と母親の問いに・・・。

 

 『そうだね。先生ね。貴女(あなた)が行くことになっていた、私立高校の制服なんだけどね。どうも、Sさん、貴女に似合わないような気がしてさ・・・。貴女には私服(私服は札幌ではM高とN高の2校だけ)の高校があっていると思っただけだよ』。

 

 と、笑いながら話すと、本人とお母さんは、お互いに顔を向き合って、噴き出していましたね。(笑い)根拠はあったのですが・・・。その年、京都に有名な私大を持っている高校が、札幌に進出してきていました。難関公立高校に合格しても、そちらの私立高校に流れる生徒もいるのでは?と、そして、彼女の自己採点の得点や、内申点と合わせて考えたのです。見事にハマりましたね。自信はあったのですが・・・。

 

 

 今年は、5年前から教室を手伝ってくれていた、3人の北大生も大学院の修士2年生になるので、そろそろ後釜を、と考えていたところ、都合よく、3人の後釜も見つかった。やれやれです。

 

 そんな状況でしたので・・・。ブログは1か月以上ご無沙汰していました。(笑い)

 

 その間、2月2日は、父親の23回忌と母親の17回忌の法要を一緒に行いました。とても仲の良かった夫婦だったので、妻と相談して、「一緒にやったら、親父もお袋も喜んでくれるな」と意見が一致したのです。(こんなことはめったにない)お寺のご住職に相談したところ「問題ない」と言う事でしたので。どうせ、私と妻だけしか居ないのだしね・・・。今回は、親父の想い出ばなしなどを綴りますね。

 

 法要の前日の夜ですね・・・。親父のことが思い出されて、中々、寝付けなかったですね。南樺太で複数の書店を営んでいた親父の家は、親父の親父さん(私のお爺ちゃん)が、店を親父のお袋(おばあちゃん)に任せ、毎日、昼間から料亭で放蕩三昧。そして、40代の前半で亡くなり、遂に家が没落し、親父は叔父さんの店(こちらも書店)で、丁稚奉公しながら、豊原の商業中学(今でいう高校)に通うことになった由。

 

 『金がないから教科書なんか買えなかった。だから、友達に教科書を借りて、全て、教科書をうつしたのだぞ。そしたら・・・。教科書の内容が全部わかってしまったなあ。だから、当然成績は、学年で一番だった』なんて、耳にタコができるほど聞かされた話です。そういえば、親父は、恐ろしく難しい漢字を知っていたし、字もとても奇麗だった。高校を卒業してから、考古学を学びたかったようで、当時、有名な先生が樺太にいて、その先生に師事したとも言っていました。『図書館の事務をしながら、来る日も来る日も、何処の言葉かもわからない、しかも、全く意味が解らない、「古~い文章」を、書き写させられた。つまらなかったな。でも後で考えたらな、大きな意味があったような気がする』。と、言っていました。

 

 こんな事もありました。私が小学校の高学年の時だったと思うのですが。お袋が、脳梗塞で入退院を繰り返していたことを知って、多分、新興宗教の人たちだったと思いますが、新興宗教の勧誘に来たことがあるのですね。『悪い霊が付いている』なんて言ったのでしょうね。その時、親父は書棚から、フリードリヒ・マックス・ミュラーという人の、確か『宗教論(だったと思うのですが)』という分厚い本を持ってきて、その人たちに、とても難しい話をし出したのです。そんな話を聞かされて、その人たちは、すごすごと帰って行きましたね。(笑い)

 

 そういえば、粗末な炭鉱長屋ではありましたが、りっはな書棚があり、難しい本がいっぱいありましたね。そうだ・・・。ある時、炭鉱の事務所で、小学館の日本百科大事典を展示して、販売していたそうです。親父は、それを見て購入してきたのです。全13巻という代物でしたね。

 親父が高校時代に行っていた、教科書の書き写し、読書・・・。これが、私の生徒指導の原点ですね。

 

 20年ほど前ですね。以前、私のblogで紹介しましたが、新渡戸稲造の「武士道を原書で読ませた、M高校のT君(今は、大手銀行のニューヨーク支店に勤務している)が、東京外語大の英文科を受験するとき、当時、高校生を担当していたO先生と話し合ったことがあるのですが・・・。相談して、入試問題の書き写しをさせたことがあるのです。「次の文を読んで、後の問いに答えよ」の「次の文」を、只管ノートに書き写させたのですね。最初は『なんでこんな無味乾燥なことやらせるの?』『いいからやりなさい』という押し問答の後に『渋々』という副詞のおまけがついてやりだしたのですね。しかし、1か月ほどしたら、俄然、書き写しのスピードが速くなってきたのです。何故かというと、『文章を見なくても、次に書かれている言葉が想像できるようになってくる』からなのです。言い換えると、『作者が何を言いたいのかが分かって来るから、どんな問題が出るのかも想像がつく』・・・。結果、模擬試験、で成果がでる。そして、入試でも見事に花が咲いて、合格したのですね。

 

 後日、T君は、「あの書き写しは物凄く成果の上がった入試対策と云うよりも、何にでも応用できる勉強方法でした」。と、述懐していました。

 

 10年ほど前ですね。入江伸さんの著書『灘高⇒東大合格ナンバーワン「伝統の入江塾は、何を教えたか」』という本を読んだことがあるのですが・・・。この本で東大理Ⅲを受験する生徒に「天声人語の書き写し」をさせたということが紹介されていて、びっくりしたことがあるのです。私が、小・中学校の時、親父から耳にタコができるほど聞かされた『教科書の書き写し』『古文書の書き写し』・・・。「やはり書き写し学習」や「読書(語彙の拡張)」は学習の原点ですね。(笑い)

 

 For Ingrid 『出発(たびだち)の歌』作詞:及川恒平 作曲:小室 等

 歌:上条恒彦と六文銭 you tube 

 

 

 

 乾いた空を 見上げているのは誰だ

 お前の目に 焼きついたものは

 化石の街

 愛の形が 壊れた時に

 残されたものは 出発(たびだち)の歌

 さあ今 銀河の向こうに

 飛んで行け

 

 乾いた空を 見上げているのは誰だ

 お前の耳を 塞(ふさ)がせたものは

 時計の森

 自由な日々が 失われた時に

 残されたものは 出発(たびだち)の歌

 さあ今 銀河の向こうに

 飛んで行け

 

 さあ今 宇宙に さあ今 未来に

 さあ今 宇宙に さあ今 未来に

 飛んで行け

 

 ※『出発(たびだち)の春』生徒の皆さん、宇宙に!未来に!こんな時代だから、厳しいけど明るい夢をもって「出発」って下さい。

 

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