『だってできちゃうんだもの(笑い)・・・。』Hさんの思い出。 | fadoおじさんのblog~明日の君に~

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 『先生、H高校から、入学前に「H高校に入ってやりたいこと。」っていう作文を書くように言われたんだけど、手伝って・・・。(笑い)』と言われたのは、彼女がH高校に合格した年の3月末の事。教室では、春期講習会が行われていた。『Hさん、作文得意じゃない・・・。自分で書けるよね』。と言うと、『少しインパクトの強いものを書きたいので、先生、協力してくださいよ』。とほほ笑んだ。

 

 Hさんが、私の教室にやってきたのは、彼女が小学生の4年の春休みのこと。『家では全く勉強しないので、春休みだけなんですけど・・・体験講習に来させていいですか』。とお母さんに言われて、春休みだけ7日間指導することになった。

 こんな導入で始まった彼女の講習会は、とてもスリルに富んだものだった。初日から、算数の計算問題を計画的に用意していたが・・・。彼女は、『先生、私、国語が好きなので国語がやりたい』。と、来ました・・・。私は、少し意地悪をしてやろうと考え、オリジナルで作ってあった、『高校入試の記述式問題』を、棚から取り出し、『この文章を読んできなさい。分からない言葉があたら聞きにおいでよ』。と言って、小学校4年生になったばかりのHさんに、無謀と言える教材を渡した。彼女は机に座って、問題文(論説文)を読みだした。その間、何度か様子を見ていると、彼女は赤ペンで線を引きながら、真剣に読んでいた。

 

 

その後、私の指導机にやってきた彼女は、『この漢字読めないし、この言葉もわからない』と、赤線を引いた箇所を示した。私は、ここぞとばかり、国語辞典を持ってきて、調べ方を教え『自分で調べなさい。それでもわからなければ、また、来なさい』。と言って、国語辞典を渡した。

 その後、私の指導机にやってきた彼女は、『先生、この文章、面白いね』。と、にっこりとした。その後は、60字程度でまとめよ?とか、20字程度で抜き書きせよ。といった問題を、添削しながら指導した。そんな状態で、7日間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。

 最後の日、私は、彼女に、大学入試の『小論文』の書き方を指導した。彼女は、『先生4月から入会するからね』。と言った。『だって、お母さんは春休みだけって言ってたよ』。と私が言うと・・・。『いいって、いいって・・・ママに話して通わせてもらうから』。

 

 そんな感じで始まった彼女の指導・・・。彼女は毎日教室に来た。『どうして毎日来るの』。って、聞いたことがあった。そんな時、彼女は、『だって・・・。パパもママも仕事をしているので、一人で家に居るのは嫌じゃない』。なんて応えた。私は、新聞のコラムを持ってきて、一緒に意見を言い合ったり、大学受験の小論文を書かせたり、本当に夢のような3年間を過ごした。基本的には、国語を中心に勉強(・・・というより遊びに近いかな)を進めた。その間、Hさんは、彼女の通う小学校で、学年一番になっていた。

 

 中学校に入学した彼女は、吹奏楽部に入部して、週に1回か2回しか来なくなった。勉強も、そんなに頑張っているようには見えなかった。定期試験でも1週間前からは、毎日のように来て、試験範囲の勉強はしていたようだ。そして、結果は、どの科目も満点に近かった。受験勉強も1か月ほど前から始めて、あっさりとH高校に合格。高校でも吹奏楽部に入部して、教室には通ってきていたが、そんなに勉強していたようには見えなかった。大学入試も1か月ほど前からエンジンがかかり、あっさり、志望していた、札幌医科大学(作業療法科)に、合格してしまった。大学に入った彼女は、私の教室を手伝ってくれてはいたが、大学の勉強もしていなかったようだ。でも大学では、いつも上位にいた。

 

 いつだったか・・・。『そんなに勉強しないで、よくついていけるね』。って、言ったことがあるが、『だって、できちゃうんだもん』。と言って、にっこり笑っていた。そんな彼女も、今年から社会人だ。『謙虚』と『礼節』を重んじ、人に感謝される人間になってくれると嬉しいが。(笑い)

 

 

 私がHさんに、小学校の3年間、お経のように唱え、そして、大学に合格するまで9年間、言い続けたことは・・・。

 

 それは、人の受け売りであるが、『勉強とは、知性を得る事であり、知性とは自分が「何を知らず、何をできないか」を正しく把握し、それを言葉にし、そして、得る方法を知ることである』。Hちゃんまだ覚えているかな?(笑い)

 

 

 『先生、友達が言っていたんだけど・・・。作文には「夢」とか「憧れ」なんて言う言葉は書いてはいけないって言ってたよ』・・・。じゃ『夢』と『憧れ』をバッチリ(たくさん)と書かなくちゃね。(笑い)

 

私の『夢』(タイトルからして「夢」じゃない 笑い)

 

 小学生と中学生のときの『私の夢』はH高に合格することでした。今、その『夢』が現実になり、もう一度、そのことを考えてみました。気がついたことは、H高に合格することは『夢』ではなく『目標であった』ということが分かりました。

それでは、『夢』とは何か。今の私には、正直『夢』を語ることが出来ません。

 

 『夢』とは自分の将来を漠然と考えたり、目標の先にある『自分の人生』を考えることに他ならないからだと思うのです。『自分の人生』を語ることは、易しいことではなく、「真剣に今の自分と向き合っている」ことが最も重要だと思います。

 

 言い換えると『今の自分と真剣に向き合っている』人だけが『○○になりたい』や『○○をしたい』を語ることが出来るのだと思います。H高に合格した今『真剣に生きていますか?』という言葉を、私自身に常に問いたいと考えております。

 

 毎日、新聞やテレビの報道で、身勝手な行動をする人が増えていると感じます。そんな時。「貴方は真剣に生きていますか?」という言葉が現実味を帯びてくるのがわかりました。そこで『私の夢』をもう一度考えてみました。『夢』とは一日一日謙虚に、勉強でも何でも一生懸命に精一杯頑張っているとき、そのはるか先に初めて見えてくるものだと思っております。また、これから出会うであろう色々な人との触れ合いから様々な影響を受けることも重要です。また、『夢』とは『憧れ』の先にあるものと思います。

 

 ある本に書いてあったのですが、『夢』や『憧れ』に関して『初めて空に舞い上がった“始祖鳥”は、飛ぶことに対して、強烈な憧れを持っていたに違いない。そして、それさえあれば彼らは必ず空を飛べると信じていたに違いない。私たちもそのような強烈な憧れが必要でしょう』と書いてありました。私は、この言葉に強い感動を覚えました。H高に合格した今、『一生懸命生きていますか?』『一生懸命考えていますか?』という言葉を私自身に問いかけ、その先の先にある『夢』と『憧れ』を見つけることが出来るように必死で頑張って生きたいと思います。(H)

 

 これが、私のアドヴァイスでHさんが書き、高校に提出した作文です。(「夢」という言葉が10語以上使用されていますね。笑い)

 

 For Ingrid映画『風に立つライオン』主題歌 作詞 作曲 歌:さだまさし

 you tube 

 

 

 

 突然の手紙には驚いたけど嬉しかった

 何より君が僕を怨んでいなかったということが

 これから何処かで過ごす僕の毎日の大切な

 よりどころになります ありがとう ありがとう

 

 ナイロビで迎える三度目の四月が来て今更

 千鳥ヶ淵で昔君と見た夜桜が恋しくて

 故郷でもなく東京の夜桜が恋しいということが

 自分でもおかしい位です

 

 三年の間あちらことらと廻り

 その感動を君と分けたいと思ったことが沢山ありました

 

 ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが

 一斉に飛び発つ時 暗くなる空や

 キリマンジャロの白い雪 草原の像のシルエット

 何より僕の患者たちの 瞳の美しさ

 

 この偉大な自然の中で病と向かい合えば

 神様について ヒトについて 考えるものですね

 やはり僕たちの国は残念だけれで

 何か大切なところで道を間違えたようですね

 

 去年のクリスマスは国境近くの村で過ごしました

 こんな処にもサンタクロースはやってきます 去年は僕でした 

 闇の中ではじける彼らの祈りと激しいリズム

 南十字星 満点の空 そして天の川

 

 診療所に集まる人々は病気だけど

 少なくとも心は僕より健康なのですよ

 僕はやはり来てよかったと思っています

 辛くないと言えば噓になるけど しあわせです

 

 あなたや日本を捨て訳ではなく

 僕は「現在」を生きることに思い上がりたくないのです

 

 空を切り裂いて落下する滝のように

 僕はよどみない生命を生きたい

 キリマンジャロの白い雪 それを支える紺碧の空

 僕は風に向かって立つライオンでありたい

 

 くれぐれも皆さんによろしく伝えてください

 最後になりましたが あなたの幸せを

 心から遠くから いつも祈っています

 

 おめでとう さようなら

 

 ※今、コロナ禍で頑張っているすべての方々に捧げます。

 

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