ジャズ好きなら、この曲『昔は 良かったね。(1953年)』が、デューク・エリントンの十八番(おはこ)であることは、知っていることだろう。
原題『 Things ain`t What They Used to be 』を、だれが意訳したのか『昔は良かったね』と、囁くような、とても素敵な邦題のセンスは素晴らしい。
あまり英語は得意ではないが・・・。直訳すると、『物事は昔と同じではない』。とでもなろうか。雰囲気は『時は移り変わって・・・ああ・・・もう、あの頃とは違うのだ』。・・・。と、通り過ぎて行った古き好き時代の郷愁に心をどっぷりとつかるような感じかな。
その日は、弟と二人、約束の時間より2時間ほど早く田舎に来ていた。3か月ほど前から、弟と相談して、悩んだ末に『墓仕舞い』をすることになっていた。
2時間ほど早く着いたのは、おそらく、今後、あまり訪れることがなくなるであろう『我が故郷(ふるさと)』を、しっかりと目に焼き付けておくためであった。山間(やまあい)に細長く続く、わが故郷。かつては山の斜面に沿って中腹まで階段状に長屋が立ち並んでいた。「子供の頃、夜、窓から向かい側の山を見ると家からもれる光が宝石のようにキラキラと輝いていた」。しかし、今は、家など一軒も残っておらず、山の斜面だけになっていた。卒業した小学校も中学校も高校も全て廃校になり、建物すら残っていなかった。
かつて存在していた中学校へと続く道に沿って車を走らせた。ズリ山と狭い平地に建っていた母校は、跡形もなく『○○市立○○中学校跡地』という石碑がひっそりと建っていた。
『あの辺りに俺たちが住んでいた家があったんだよな』。『この辺に、市場が三軒あって・・・この辺に酒屋と、駄菓子屋があって・・・』。話は尽きなかった。
究極のライスカレー
確か小学校低学年のときだったかな、兄と二人、ウイスキーの空き瓶を抱え、坂道の一番下にある、酒屋さんへ・・・「お酒を5デシリットルお願いします」店のお姉さんが酒樽に付いたホースを口で吸い込み、瓶の中を三分の二ほど満たし、「はい僕」と渡してくれる。それから、30分ほど離れた隣町のお肉屋さんへ向かう、「おじさん、豚の細切れ400グラム下さい」「僕、おまけしておいたよ」と薄皮と新聞紙に包んだ豚肉を渡してくれた。
我が家は、父の給料日には、肉の入ったカレーライス、いや、ライスカレーである。体の弱い母が入退院を繰り返していたため、たいてい食事は父が作っていた。そして、給料日には、必ず、ライスカレーだ。石炭ストーブの上に乗った鍋で、刻んだ玉葱と肉を炒め、ジャガイモとニンジンのぶつ切りを入れる。水を加えてゴトゴトと煮込んだ後に、カレー粉とデンプン粉を水に溶かし鍋に入れて出来上がり。古新聞の壁紙を張った炭鉱住宅の6畳の部屋、粗末な折りたたみテーブルを囲んで夕食となる。祖母と父と母、兄と私が食卓に付く、不思議と5歳年下の弟の記憶はない。父はカレーを肴にして酒をうまそうに飲んでいた。父が大好きな酒を飲むのは、月に一日だけ。それから、父は、決まって、ライスカレーに醤油をかける。地底の奥底で、汗だくになって働くので体が塩分を欲しがるのだ。ある日、私も、父のまねをして醤油をライスカレーにかけた。一口食べてみると、ただ辛いだけのライスカレーが魔法のように美味しく変身していた。そして、不思議と食べた後は、元気が出てくるのだ。それ以来、カレーライスには、必ず醤油をかけて食べるようになった。今でも・・・・。
『兄貴・・・俺たちの家から、この辺にあった○○酒店まで、よく、ウイスキーの瓶をもって、酒を買いに来たよな。お姉さん、清酒、5㎗くださいなんてね。(笑い)』
『そうだったよな・・・。懐かしいな』。
For Ingrid『故郷の廃家』作詞:犬童 球渓 作曲:ウイリアム・ヘイズ
原作:My Dear Old Sunny Home
歌:倍賞千恵子 You tube
幾年ふるさと 来てみれば
咲く花鳴く鳥 そよぐ風
門辺の小川の ささやきも
なれにし昔に 変わらねど
あれたる我家に 住む人絶えてなく
昔を語るか そよぐ風
昔をうつすか 澄める水
朝夕かたみに 手をとりて
遊びし友人 いまいずこ
さびしき故郷や さびしき我家や
『今金男爵(今金町で収穫される日本一のジャガイモ)』
11月14日の日曜日、今金町に住む、妻の弟が『今金男爵』を、わざわざ我が家に届けてくれた。今金男爵は、今や全国に出荷されている貴重品である。
先日の『勤労感謝の日』・・・。妻が『今金男爵があるので、今日の夕飯、カレーライスにしましょう。お父さん頼むね』。今金男爵がゴロゴロとたくさん入ったカレーライス。当然・・・仕上げには醤油を少々・・・。美味しかった。
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