Blueさんのために『想いあふれて(Chega de Saudade)』
作曲 アントニオ・カルロス・ジョビン 作詞 ヴィ二シウス・ヂ・モライス
歌 ジョアン・ジルベルト
You tube https://www.youtube.com/watch?v=yUuJrpP0Mak
悲しみさん 彼女に言ってやってくれないか
おまえなしでは駄目なんだと
お願いだから 戻ってきてくれと
僕は生きていけないよ 思い出はもうたくさん
おまえなしでは 心の平和はあり得ない
この世にどんな美もあり得ない
それにしても 終わりがないのは
僕の中に巣くっている この悲しみ この憂鬱
でも 彼女が返ってきてくれるなら
ああ こんな素晴らしいことはない
・・・・・。
7月6日、ボサノヴァ(Bossa Nova)の創始者のひとり、ジョアン・ジルベルトが88年の人生に幕を下ろした。
Bossa Novaは1950年代の後半、作曲家のアントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)、ブラジルの外交官でジャーナリスト、そして詩人のヴィ二シウス・ヂ・モライス、歌手でギタリストのジョアン・ジルベルトの3人によって創作された音楽。その第一号の曲が『想いあふれて』である。
Bossa Novaとは『新しい傾向』という意味を持ち、ジャズでもなくサンバでもない全く新しい音楽を3人の若者が創り上げた。
その日、2009年の国立大学入試合格発表の日、私とT・R君(拙ブログ・父親を尊敬し『国のために働く』という『夢』を掴んだT・R君、18年6月14日)は、受験生からの合否の連絡が来るのを待っていた。T・R君は、落ち着かない様子で教室の中をうろうろしていた。
私は、私が受け持っている教室で、高校生の指導を本格的に開始しようと思い立ったのは、今から20年ほど前のことである。それまでは、中学生中心に指導していたが、今後は高校生の需要が高くなると考えてのことである。
最初は、大手予備校の講師をしている知人を頼って、予備校講師の授業を見学させてもらった。流石、大手予備校の花形講師、深い内容、流れるような解法の導き方・・・。一介の学習塾の講師が到底太刀打ちなどできようもない高度な授業内容であった。
もう一つ、私の教室に案内が来ていた、大手衛星予備校の『学習塾対象の説明会』にも参加した。『首都圏の花形講師のライブ映像授業を、地方の現役高校生にも・・・』という一見、高邁な思想のもとに、地方塾の加盟店を募集するため、社長自らが説明に来ていた。しかし話を聞いていて、とても、苛立ちと違和感(話は専ら生徒たちの為にではなく、いかにして儲けるか?の話に終始していたこと『なんのことはない結局金儲けの話』)を覚えた。
この二つの貴重な体験(大手衛星予備校には何の感銘も受けなかった)から、大手予備校の花形講師の高度な授業を『是』とするのであれは、『果たして、あの高度な授業を理解できる生徒は、何割ぐらいいるのだろうか?』という疑問が頭に残った。どの予備校も、難関大学を目指して『自主的に学習できる』いわゆる『学習習慣』のついている、言い換えると『基本が出来ている』一部の生徒たちには有効である。
しかし、大部分を占める、それ以外の『勉強の習慣がついていない』『学習方法が分からない』などという、言い換えると『基本が出来ていない』生徒たちにとっては有効とはなりえないのではないか?そして、大部分を占める高校生たちに、どのようにアプローチをして、目標の高い大学へと導くか?が、私の目指す高校生指導になった。
最初に協力を依頼したのは、M高校やK高校などの偏差値の高い高校へと進学して行った卒業生達である。彼らが目標とする大学に合格するまでの学習デーダ―(使用教材・学習方法・学習時期・高校の授業との兼ね合いなど)を細かく記録して行った。また、教材選定に非凡な能力を発揮するO先生(O先生は既に10年ほど高校生の指導で成果を上げていた)にも協力をお願いした。
さすが、偏差値の高い高校に通っている卒業生である、彼らは、O先生のアシストを受けて、自らの力で、北海道大学は勿論のこと、札幌医科大学、東京外語大学、筑波大学、一橋大学、慶應義塾大学への道筋をつけてくれた。
そして私の教室では、遂に、K君(拙ブログ、K君からのメッセージ『夢を見つけるために』17年10月23日)やO君(拙ブログ、『博士』の誕生、17年9月11日)T・R君たちが北海道大学へと合格したのをきっかけとして、本格的な高校生を指導するコースを立ち上げたのである。
『学習習慣がついていない』『学習方法が分からない』など、大多数の『基礎力を持たない』普通の学力の高校生を、彼らの望む大学へと導く、従来のような、レベルの高い生徒を対象とした『レクチャー主体』のスタイルではなく、『「使用すべき教材の選定と合理的な学習方法に特化した自立型」という、普通の高校生のための「教えることを主体とはしない」新しいタイプの高校生コース』を誕生させたのである。
私の教室で、生徒たちを指導する『原点』となったのは、『なぜ数%程度の高校生たちは偏差値の高い大学へと進学してゆくのか?』というごく平凡なメカニズムであった。(この数%がそっくり難関大学への合格者の割合)
彼らは、毎日の勉強習慣がついているのである。朝、起床して『顔を洗って』『朝食をとって』という当たり前の動作の中に、『学習活動』を組み込めるのである。彼らのように育てることが、普通の高校生たちを難関大学へと 導くことになる。
ただし、そのように育てることは、並大抵のことではできない、私たちの試行錯誤と苦悩は続いて行ったのである。・・・。
・・・以下は、次回に続きます。
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