15年ほど前のこと、北海道の塾は、本州から進出してきた大手学習塾の猛威(広告の絨毯爆撃)にさらされていた。自社ビルを数か所、いっぺんに建築し、そのスケールに圧倒された。そして子供たち不在の、『派手な宣伝による、生徒の奪い合い』に閉塞感を感じていた時、私は一冊の本と出合った。『夢をかなえる学習法』。伊藤真さん(資格試験予備校伊藤塾の塾長、弁護士、法学館憲法研究所の所長)の著書である。具体的な学習方法を詳しく述べているわけではないが、自分の人生への考え方、勉強をする根本的な意義をしっかりと伝え、勉強をする人々に夢と希望を与えてくれる本であった。
私は、ある生徒に、その本を貸し与え、読ませたところ、その生徒は「○○先生(私)が、常日頃から言っていることと、全く同じことが書いてあった」。と感想を述べた。
かなり古い話であるが、二十数年前の4月、私の事務所(当時は、札幌の街の中に事務所と教室があった)の電話が鳴った。「○○先生いますか?」「中学3年生の時、双子の姉妹がお世話になっていたSです。覚えているでしょうか?この度、姉のほうのKが一浪して、津田塾大学の英文科に合格しました」。という嬉しい知らせであった。
そして次の年の4月、またSさんから、妹のK(イニシャルは同じKである)が二浪して、早稲田大学(学部は聞き逃した)に合格したという知らせがきた。
Sさん姉妹が私の塾を訪れたのは、彼女たちが中学3年生になる3月のことである。『体験学習コース』。今では、どの学習塾も行っているので、珍しくはない。個別指導を行っている塾が、極めて少ない時代である。私の塾は『個別指導』を知って貰おうということで、春休み・夏休み・冬休み、の講習会で低価格の『学力アップ7日間体験コース』というコースを設けていた。このコースに、彼女たちは、春休みの講習会に参加してきたのだ。
彼女たちと母親は、私の指導説明を受け、7日間の体験学習後、気に入ってくれたらしく、そろって新学期から入会してくれた。学習習慣がなかったようで、成績は、二人とも中の下であった。そして、二人とも『人見知り』である。
どのように指導しても、にこりともせず、『分かった』でもない、『分からない』でもないという反応。まるで空気に話しているような不思議な感覚である。加えて、顔も見分けがつかないくらい似ている。そのような状況から、成績は、一向に伸びなかったように思う。
しかし彼女たちの家から私の塾までは、交通機関(バスと地下鉄)を利用して、1時間半もかかる。にもかかわらず、週4回ほど通ってきていた。本当に私の塾を気に入っている素振りなど、全く見せたことがない。私としては首をかしげるしかなかった。また成績も思ったようには伸びていない。
彼女たちが入会してから、英語が堪能で、勉強熱心なお母さんからは、毎週、1~2回、電話が来るようになった。主に話題は、お母さん自身の『子育て論』を私が聞くことと、目的を達成するための、具体的(使用する教材を含めて、その使用法など、かなり具体的であった)な学習方法についてである。このようにして私は、1年間、『英語』『国語』『社会』・・・とお母さんから電話がくるたびに『具体的な学習方法』について、真剣に話をした。
しかし私は、結局1年間通った彼女たちの、成績を伸ばすことは出来なかった。そして彼女たちは、さほどレベルが高いとは言えない高校へと、進学していった。私は高校へと進学していった彼女たちを、当時、高校を指導していた私の塾の先生にお願いした。
彼女たちが高校に進学してから2か月ほど経った時、母親から私に電話がきた。私が指導担当ではないので、彼女たちは塾を辞めるということだった。その時、私の話に表情を一つも変えることなく、聞いていた彼女たちが、実は私を、かなり信頼していてくれていたことに気がついた。
妹のKさんの合格報告の際、「先生と1年間、真剣に話をした『具体的な学習方法』が役に立ちました」。「私は、姉のKが4年間、妹のKが5年間一緒に頑張って、難関大学合格という『夢をつかむこと』が出来ました」。と、彼女たちのお母さんの嬉しそうな声が、電話口から聞こえてきた。
一年間、彼女たちの母親と私が、真剣に話した『具体的な学習方法』は、きっと彼女たちにとって『夢をかなえる学習法』であったのではないだろうか。それを見事に実践した彼女たちと、それをサポートした母親。
残念ながら、彼女たちの中学生時代は『夢や未来』を考えるまで、『精神的な成長』をしていなかった。伸びなかった理由はその辺にあったのではないだろうか。高校生になった彼女たちは『精神的成長と共に夢や未来』を考えることが出来たのだと思う。
長く学習塾に勤務していると、どのような子供たちにでも、確実に成績を上げることのできる『学習方法』を、私は知っているように思う。
しかしその学習方法を、確実に実践することのできるのは、本人をおいて他にいない。そして確実に実践するためには『将来の夢』を持つことが、とても重要である。と私は思うのである。
数年後、私は「先日、先生の教室の前を、子供たちを車に乗せて通過した時、社会人になった二人が『この塾で○○先生に指導してもらったんだね』。と、懐かしそうに話していた」。という電話を彼女たちの母親からもらった。
Blueさんのために。 『辛子色の季節』作詞・作曲・歌:荒木一郎
You Tube https://www.youtube.com/watch?v=WDsm_fzr9pc
いつか俺達にも
青春を昔話にする日が来る
年をとった俺達は記憶をたどり話し込む
深い草原に遊ぶような光に満ちた日々と
傷ついた胸を癒す翳り(かげり)ある夕べと
いつか俺達にも
青春を譬話(たとえばなし)にする日が来る
年をとった俺たちは家族を囲み物語る
紅く暮れなずむ空の下で
別れて行く人に
何も言えず愛の価値を教えられたあの日
忘れたくない出来事
忘れたくない友達
辛子色の月日よ 青春の季節
いつか俺達にも
青春を思い出話にする日が来る
空から落ちる粉雪を酒の肴に語るだろう
悲しみの淵に迷った日々を
甘いほろ苦さで
苦しみに泣いた日々をなつかしい涙として
忘れたくない出来事
忘れたくない友達
辛子色の月日よ 青春の季節
トップゼミナールのホームページはこちらから http://www.topzemi.co.jp/