こんにちは









「死にたい」というのは、
本当に死にたいのではない
同様に、「離婚したい」というのも、
「離婚したいほど苦しい」
だから、何が相手を苦しめているのか、
「死にたい」「離婚したい」といった、
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ちょっと前のニュースですが。
神奈川県座間市のアパートを
舞台にした複数人殺害事件。
それに言及した記事がネットに
出ていたので、読んでみると
とても興味深い話でした。
もうどこにいってしまったのか
ネットの海に攫われてわからず、
リンクは貼れないのですが
このような内容だったかと
記憶しています
「死ぬほど苦しい」ということ
本当に離婚したいわけではない
ということをパートナーに
わかってほしいだけ
話を聞くだけでよい
直接的表現に惑わされないこと
記事についたコメントには、
「離婚したい、は、本当にしたいのであって、『離婚したいほど苦しい』ということではない」
「相手の顔を見るのも嫌だから、離婚したいんだ」
といった内容が並んでいましたが、
私には記事の内容がストンと心に入りました。
そう、そのとおりだな、と。
思うに、相手と相性が悪くないのに
「離婚したい」「死にたい」
と言ってくるタイプは、
悲観的思考の人が多いのではないかと
推察します。
現状を見て、どんどん悪い方向に考えて、
もう「別れるしかない」「死ぬしかない」と。
だから、自分の出した結論を
相手に尊重してほしいし、
本当にそのときにはそう思ってるんです。
逆に言われる側は、楽観的思考の人が
多いのではないかな、と。
私がそうですが、何を悩んでいても
一晩寝れば忘れます(笑)。
消えてしまいたいぐらい仕事で失敗しても、
もう無理だと関係性が悪化しても、
次の日にはケロッとして、
前を向いて少しでも改善できるように
走り出してる。
だから、死にたいなんて思ったことはないし、
相手が「いま、このとき」嫌だからといって
自分が自信を持って選んだ相手と
別れようなんて
微塵も思ったことがない。
そういう人間にとって、
「死にたい」
「離婚したい」
は相当衝撃の大きい話。
だからこそ、
「なぜ、そう思う前に相談しないんだ」
「そうしなくても良い方法があるのではないか」
「努力が足りないのではないか」
と楽観的な自分を基準に
解決策を考えるがあまり、
相手を批判してしまうことが
多々あります。
また一方で、
「私の何がダメなのか」
「どこに落ち度があったのか」
「どうすればより良くなるのか」
と自分を責め、ますます頑張る
方向にいってしまうのです。
長い間一緒にいれば、
ケンカをすることだってあるし、
顔も見たくないことだってある。
その不満が溜まりに溜まったとき、
表れる言葉が一人ひとり違うだけの話。
「離婚したい」と言う人が、
良いとか悪いとかはない。
ただ、自分にその思考がないと、
相手の本心を理解できず、
批判したり間違った方向にいってしまって、
ますます拗らせるだけなんだな〜
と、今になってよくわかります
それが理解できるようになったのも、
いまの経験があるからですね