親友ヒロちゃん、韓国へ行く。 | ミツバチ生活への道~英会話・音楽ライブ・映画~

親友ヒロちゃん、韓国へ行く。

とっても寂しいです。

親友のヒロちゃんが、おとといの朝

[今から韓国に行ってきます。マダムなお土産を買ってくるから、楽しみにしていてね]

というメールを残して、韓国旅行に出かけてしまいました。


普通だと朝の[おはようメール]から、夜の[お休みメール]までの間に何通ものやり取りをします。

それなのに、おとといの朝を最後に音信不通。

寂しいです。


あまりにも寂しかったので、昨日の午後ごくたまにメールのやり取りをするお友達に、ごくつまらない内容のメールを送ってしましました。

・・・あまりにもつまらない内容だったのでしょう

ごく当然のように無視されて、返事が返ってきませんでした(号泣)


そんな心の傷を抱えつつ、今日は親友ヒロちゃんのことについてお話します。

ヒロちゃんとは、予備校で出会いました。

以前お話しましたが私は1浪していて、その時に通った予備校で席が後ろと前でした。

今どきの予備校は席も成績順とか洒落たものでしょうが、私が通った所は50音順に席が決まっていました。


ヒロちゃんと私の旧姓がたまたま近かったお陰で、その後○○年も続く友情を手に入れることになりました。

(↑こらこら、勝手に○○年を計算しない!)

大学は別のところに行ったのですが、行動派ヒロちゃんにとって同じ福岡県内の大学など、ご近所さん感覚でした。


ヒロちゃんは入学すると早々に免許を取り、「振袖はいらないからその予算で車を買って」と親を脅し、自分の車を手に入れて縦横無尽に駆け回っていました。

余談ですが、今年大学に入学したヒロちゃんの娘さんも「振袖はいらないからその予算で・・・」と言い出したそうです。

「困るわ、親の気も知らないで!

 従姉妹の結婚式用に、早めに振袖を買ってあげようと思っていたのに。

 披露宴におよばれするドレスを、別に買わなきゃいけないじゃない」と、不満をもらすヒロちゃん。

すかさず[自分の時の事を思い出しなさいよ!]とメールを送っておきました(笑)


そんなヒロちゃんは大学時代、人使いが荒いことで有名でした。

「当時の友達に会うと『貴女には、こき使われたわ』って言われるんだよね。

 おかしいなぁ、そんなはずないのに・・・みんなの勘違いかなぁ」と語るヒロちゃん。

そんなことありません。

厳粛な事実です。

ここに生き証人がいます。


一番の思い出は、熊本県泉村の五家荘(ごかのしょう) へ行った時のことかな。

【熊本県泉村の五家荘は九州のほぼ中央部にあり、30年位前までは道路が整備されていない山また山の秘境であった。

今では東西南北からルートがあるが、道は曲がりくねっていて狭い。五家荘では、車は昼間ライトを点灯して走る。対向車の進入を早く感知し、通行の安全と離合場所を確保するためである。

五家荘には落人伝説の集落が五つあることから、そのように呼ばれるようになった。椎原(しいばる)、葉木(はぎ)、久連子(くれこ)が平家落人の里であり、仁田尾(にたお)、樅木(もみき)が菅原道真一族の落人の里である。

平家一門の平清経は、豊後竹田の緒方氏を頼って、四国から豊後鶴崎を経て竹田に入った。緒方氏の娘を妻として緒方姓を名乗り、五家荘の地へ逃げ込んだ。そして、3人の息子たちがそれぞれの里を開拓し、庄屋として支配した。

平家滅亡の約250年前、菅原道真は藤原氏の策略によって太宰府に左遷された。道真の死後、長男と次男にも追討の手がのびた。それを逃れるためこの地に入り、左座(ぞうざ)氏を名乗って、仁田尾(にたお)、樅木(もみき)に住みついた。】

長い引用になってしまいましたが、だいたいの感じをつかんでもらえたと思います。

もうすぐ夏休みというある日、ヒロちゃんから電話をもらいました。

「あのねえ、7月26日から8月4日の10日間、空けといて。

 五家荘に友達と行ってもらいたいの。

 彼女[焼畑]が卒論なんだけど、そのフィールド調査のために五家荘に行かなきゃいけないの。

 小学校の宿直室に泊めてもらえることになったけど、女の子が1人で泊るのも物騒でしょ。

 だから、一緒に行ってくれる人を探しているのよ。

 でも、せっかくの夏休みに交通費自腹でそんな僻地に10日間も行きたがる暇人は、貴女しかい

 ないわ。後で五家荘のパンフレット送るから、準備しといてね」 


「えっ、五家荘!?

 私、23、24、25日と文芸部の合宿で山口県の萩に行くんだ。忙しいよ」 

「前日に帰ってくるのね。ちょうど良かった」

そんな命令を受けて、私の五家荘行きがきまったのです。


「バスが熊本駅から、朝と夕方の2本しか出てないから、絶対乗り遅れないでよ。

 2時間ほどバスに乗ると、バスの終点に着くから、そこで今回[焼畑調査]をする安江さんが

 待ってる。

 そこから、村の人の車に乗せてもらって、また1時間以上かけて村の小学校まで行かなきゃいけ

 ないのよ。

 だから、絶対寝坊しないでね!博多駅を6時半の特急だからね!」

                                                             

よくよく言い渡されていたのですが、前日の夜遅く萩から帰ってきた私は疲れきっていていました。

目覚まし時計の音にも気がつかず、乗る予定の特急電車の発車時刻6時半になんとか目が覚めました。

大不覚!

日頃は約束の10分前到着をモットーにしている私ですから、寝坊という異常事態にパニックに陥ってしまいました。

                                                           

すぐさま小学校に電話をかけましたが、たぶん職員室しか電話がないのか、安江さんに連絡がつきません。

とりあえず、博多駅に行って予定より1時間遅れで、熊本行き急行に飛び乗りました。

熊本からは夕方までバスがないので、タクシーで目指す小学校まで行くことにしました。

                                                             

ちょうど、高校野球の季節。

運転手さんはラジオで野球中継を楽しみながら、のんびりと五家荘をめざしました。

熊本代表校の試合が始まりました。

運転手さんの応援にも、熱がはいります。

                                                             

ところが、試合も終盤にさしかかったとき、運転手さんはラジオを消してハンドルを握りなおしました。

「ここからは、ラジオなんか聴いていたら命の保障がありませんよ。

私は運転に専念しますから、お客さんも気を散らせるような発言は極力控えてください」

と、厳しい表情で申し渡されました。

                                                              

えーっ、命の保障!?

前日まで萩の武家屋敷街をレンタル自転車で走り回ったり、海でナンパされて船に乗せてもらったりと、いかにも女子大生の夏を楽しんでいた私。

今日からの私は、いったいどんな所でどんな暮らしが待っているのか・・・。

不安で一杯になりながら、山の急勾配の隘路を黙って進むのでした。

                                                                

ところが、村の小学校に着いてみると、そこは別天地。

ウンザリするような夏の暑さは、全く遠い話。

タクシーの中はクーラーが効いていたのに、車を降りても夏特有のむっとするような不快感はありませんでした。

クーラーどころか、そこは扇風機もない世界だったのです。

「小学校のテストで扇風機の絵が描いてあって、名前を書かなきゃいけないのに、村の子供は誰も書けなかった」という笑い話があるぐらい、涼しい所でした。

                                                              

[焼畑のフィールド調査]はもっぱら夜でした。

昼間は村の人は畑仕事がありますので、8時ごろからお話を聞かせてもらう約束をしたお宅3軒ぐらいをまわります。

長袖は必需品というのは、本当でした。

8月というのに、夜は肌寒かったです。

                                                               

実は私は、高校時代新聞部に属していました。

そう、毎日本を読むばかりの生活+ごくたまのクラブ活動。

新聞部と言っても、1学期に1回、学期末に学校の広報新聞のようなものを出していただけです。

部員は自虐的に、『旧聞部』と呼んでいました。

しかし『旧聞部』とはいえ、一応取材のノウハウは心得ていましたので、安江さんのお手伝いをしてカセットを回したり、彼女がメモを取っているときは、話をつなげたりと自分なりに頑張ってみました。

村の人も親切で、お茶菓子代わりにと、自家製のお漬物を出してくれたりして、とても楽しいひと時でした。


親切といえば、小学校は休みでしたが、昼間は暇な私たちの遊び相手を先生お2人がしてくれました。

1人は先生になって3年目、もう1人はその年の4月からということで、私たちと歳も大して違いませんでした。

お客さんを大切にする、なんて情の厚い土地柄なのかと、感動してしまいました!


でも、いま冷静に考えると・・・

そんな僻地に[焼畑調査]という硬い目的で行った、ノーメークの色気のない2人とは言え、一応女子大生がやってきたのです。

周りに若い女性がいなかった独身のお2人は、結構楽しんで相手をしてくれていたのかもしれません(爆)


学校の裏の川で、毎日ヤマメ釣りをしました。

えさを見つけるのも、針につけるのも、そして釣れた魚を針からはずすのも先生たちの役目。

私たちはただ竿をたらして、魚がかかるのも待つだけで良かったです。


釣れたのは本物のヤマメではなかったそうで、地元の人はカワメと呼んでいました。

私にはカワメもヤマメもそっくりで、違いがほとんどわかりませんでした。

ただ、カワメは面白いようにどんどん釣れて、お昼に焼いてもらうと美味しかったので、もう充分満足でしたよ。


そんな楽しい[学研生活]の最終日、小学校は旅行の日でした。

どうやら、村中の人も参加する地域旅行と学校の旅行が合体したような、村を挙げての一大イベントの日でした。

ところが、4月からの新米先生、急な体調不良を理由に学校に残りました。

そして「よーし、今日は人目を気にせずに、大いに遊ぶぞっ!」


えっ、今までも大いに遊んでいたような・・・。

でも、その日は車で各地を案内してくれて、最高に楽しい日でした♪

最後は、もと庄屋だったところを改造したという、民宿まで送ってくれました。

その夜は、「フィールド調査を手伝ってくれたお礼に」ということで、安江さんが招待してくれました。

毎晩夜遅くまで「ああでもない、こうでもない」とたわいもない話でおしゃべりをして夜更かししていた2人でしたが、その夜はいつにもまして、おしゃべりを楽しみました。


楽しい[学研生活]を終えて、福岡に帰ってきた私。

寝坊して焦ってしまった事をヒロちゃんに報告すると、彼女は大笑いした後で

「大変だったね。タクシー代半分出してあげるよ」と言ってくれました。

しかし、ここでヒロちゃんに微々たる損害でも与えようものなら、後々まで

「お寝坊tomatomaさん」だの「寝坊して約束の時間に遅れないでよね」と言われることは明白でしたから

「ありがとう。でも、とっても楽しいフィールド調査だったから、別にいいよ」と、丁重にお断りしました。


お陰で、私が寝坊したことはおろか、そんな頼み事したこともすっかり忘れ

「私が学生時代人使いが荒かっただなんて、絶対みんなの勘違いだよね!」

と言い張るヒロちゃんでした。

そう、正確には学生時代だけでなく、今も人使いが荒いようですよ、ヒロちゃんのメールから察するに。