純文学 VS 動物行動学 | ミツバチ生活への道~英会話・音楽ライブ・映画~

純文学 VS 動物行動学

いま 『4日間の奇蹟』 朝倉卓弥 ( 宝島社文庫) を、読んでいます。

最近、日本人の作家をまた、読むようになりました。

この3年ぐらいは、翻訳物のミステリー、特にリーガルサスペンスに凝っていました。

お陰で、アメリカの司法制度や州法の違いに詳しくなりましたよ。


私は、気に入ったものがあると、その作者の作品をすべて読み、影響を受けた人、傾向の同じ人と読み進めていきます。

それが、小説ではなくドキュメントやルポの場合もあります。


こうした読み方が癖になってしまったのは、大学の時文芸部に入っていたことが、強く影響しています。

クラブは、詩部門と創作部門(私はこちらに所属していました)に分かれ、週に2回、水曜日と土曜日に研究会が行われていました。

持ちまわりで担当し、事前に例えば『4日間の奇蹟』をやりますと、部員に知らせます。

全員が最低でもその本一冊は読んでおき、担当者の作ったレジメを中心に、創作技法や、作家に関する討論会を行うのです。


週に2回、全員参加。これは、かなりきつかったです。

もともと本好きの人間が本屋に行けば、研究会のための本以外にも、沢山買い込んでしまいます。

おまけに、創作部門の部員が皆いっせいに同じ本を買おうとするわけですから、行きつけの本屋になくて他を何軒か探し回ることになったりします。

そうすると目新しくて、また本を買ってしまうという悪循環です。

毎週、読まなければいけない本、読みたい本を十数冊抱えていました。


年に一度合同研究会もあり、創作部門、詩部門、つまり文芸部員全員で研究会に参加するのです。

担当者の準備は、いつもにまして大変でした。

オッホン、1年生でこの名誉ある大役を任された私は(実は面倒なので、1年生に押し付けられるのですが)安部公房をテーマにしました。

あんな、訳のわからん様なのが好きだったんです。


でも、徐々にテーマも変化し、『 男と女の価値観の違いー相容れないゆえの悲劇 』 が自分の作品の主題になっていきました。

会社に入っても、書く記事は 『 アジア 』 『 女性 』 がテーマでした。

『 いま、女性たちは 』 というベタな連載をやって、いろいろな立場の女性を取材したりもしました。

しかし、謎は深まるばかり。女とは?男とは?愛するとは?


そんな時、本屋で手に取ったのが竹内久美子 の 『 そんなバカな!遺伝子と神について 』 (文藝春秋)でした。

彼女は、長年私が取り組んできた「人を愛するとは?」に、一刀両断、明快な解答を出してくれたんです。

遺伝子を残したいから。

人間を含む動物全てが、いかにすれば効率良く自分の遺伝子を残せるかを、行動の起点にしているという結論でした。

selfish gene (我儘な遺伝子)。

私達は遺伝子の命ずるままに、恋愛と名ずけた行動パターンによって、より効果的に遺伝子を残そうとしているのです。


長年の疑問が解けてすっきりしたました。

…すっきりし過ぎました。恋に熱中できなくなったんです。誰かを気に入っても 「 はい、はい。遺伝子の画策ね 」

誰かに好きだと言われても 「 あらあら、貴方、そんなに自分の遺伝子に自信があるの?!」

ついつい、遺伝子の企みというフィルターで、物事を眺めてしまうのです。

もう、宗教状態でした。…いえ、正確には今も、私のバックボーンですよ。

そんな訳で恋愛至上主義のような純文学は、私の中ですっかり色褪せてしまいました。


ところで、月9で 『 不機嫌なジーン 』 があっていたようですね。

脚本は「大森美香」となっていましたが、やはり原作は竹本久美子なのでしょうか?

誰か知っていたら、教えて下さい。