早朝の那覇空港より



ひとっ飛び



見えてきた玄界灘を眺めつつ



新幹線でくまモンに会いに来たよー
元気だ!おねがい

しゃちほこも屋根に乗ったようで



着実に復興に向かっています!


2年前、本震後の真夜中
封鎖された高速を諦め
北九州から山道で熊本を目指した

ラジオからは地震警報が鳴り続け
アナウンサーが落ち着いた声で
車は止めて身の安全を守って下さい
と繰り返す

電信柱とつながれた電線が
月明かりの中で揺れまくっていた

熊本があまりに遠く
もどかしい

アクセルを踏み込みたい右足を
落ち着かせることに神経を集中させる

朝日が昇るころ、ようやく熊本入り



大渋滞



救援での熊本入りと

避難の熊本脱出の交錯


割れたガラス
崩れた塀、家、土砂の散乱


カーナビが真っ赤になって渋滞を伝え
通行止めになる道や橋を伝える

またひとつ

そしてまたひとつ
✖️印が増えて行く



辿りつけるのか

会えるのか、救出できるのか

道、橋がもうしばらくもって欲しい




やっと、助けたい人と会う




「なんでここにいるの!」
「あれほど来たらダメって言ったのに!」

と怒鳴られる

でも、来ちゃったもんは仕方ない

さらなる大きな余震が来る前に
一刻も早く脱出する

道はふさがれ、交通はマヒ状態

コンビニはがんばってトイレ解放も
棚に商品は無い

来る時買ったおにぎりが5つと
水2リットル2本がある

こんな限界状態で
人間は優しさをみせる




渋滞を尻目に
歩道をばあちゃんと孫が坂道を登る

途中
孫が渋滞中の高級車の窓をたたく

車から紳士が出てきて
ばあちゃんを車に乗せた

孫は、頼みますという姿勢を残し
別方向へ走って行った。


直感した

孫じゃない



見ず知らずのばあちゃんを
励まし、一緒に歩を進めていただけ

そして高級車の紳士は
おそらく見ず知らずの頼みを快諾した




人はギリギリの
いざという時に、助け合う




込み上げるものがあった

相変わらず
ラジオからは警報音がなり
キツめの明るい日差しに
電線が揺れていた




支援を寄せる全ての方々へ敬意を表し
被災された全ての方々の
幸せと熊本の復興を心から願います。




熊本日日新聞ホームページより

https://kumanichi.com/kumacole/interest/454720/