連載小説「線路へと散った黒い華」第二回
「この足跡を見る限り、酔っている様子でもありませんし、どちらかと言うと駆け足で飛び込んだような跡ですよね」
J様の指摘に、私はテープで囲った枠内に続いている足跡を見下ろす。
「そう言われてみると……」
J様の言うとおり、千鳥足ではなくて、どこか勢いづいた印象を受ける。
「と言うことは、異常な心理状態にあったんでしょうか、たった一人でホームから落下してしまうなんて……」
「J様。ですけど、誰かがここにいたら、足跡が残りますよね」
「ですから、妙な現場なんですよ。ああ、東刑事さん、よろしければ、被害者である駅長さんに関する情報を教えていただけませんか。人間関係、怨恨関係に関して、もう調査されているのでしょうか」
「え、ええ。本来なら、捜査員以外にお話することはできませんが、班長でもある警部補のお知り合いのうえ、警視副総監の義弟さんでもありますし、お話いたしますが、実は、駅長の平山さんには愛人がいたらしいんです」
「愛人ですか」
「ええ。これは、平山さんの携帯電話で最も連絡されているご友人から、先ほど聞いたことなんですがね。ちなみに、着信履歴から、その数を数えて、まずは一番多い方に連絡してみたのです。そして、二番目に多い方が、その愛人だったので、ちょっと面食らいましたが」
「ごめんなさい、東君。私が所要で市外へ出ていたばかりに現場への到着が遅れたんだけれど、あなた、私の代わりに、しっかりとお仕事してくれていたのね」
「いえ。褒められるほどのことは」
「うん、うん、いいのいいの。あなたは、よく働いてくれてるわ。それで、その愛人を挟んで、奥さんと泥沼状態だったとか」
「いえ。駅長のご友人のお話によりますと、奥さんとは確かに不仲だったそうですが、愛人の存在は、奥さんにはばれていなかったようです。ただ、駅長の奥さんは友人間では鬼嫁と呼ばれるほど性格のきつい女性だったそうで、駅長といえば恐妻家というイメージがつきまとっていたそうです。そして、その愛人のことを奥さんにも一応確認したのですが、愛人、そんな言葉は初耳だと」
「東刑事、それでは、その奥様のアリバイの調べは進んでおられますか」
J様が、私たちの会話の中へと入ってくる。
「ええ。ちょうどその時刻は、所属されているテニス・サークルの飲み会に出てらしたそうで、ちょうどお開き直前だったので、参加者全員がアリバイ証人になってくれるそうです。もちろん居酒屋の店員も。ちなみに居酒屋の方には確認済みですので、奥さんの犯行の可能性は、ほぼゼロかと」
「ありがとう。では、愛人の方のアリバイは」
再び、J様のお言葉。
「今、近くの捜査員を向かわせていますので、そのうち情報が入ってくるかと」
「そうね。じゃあ、その一番の友人は、どう、アリバイはあるの」
「その方は今、出張で県外にいますので、論外かと。実際、宿泊先であるホテルのフロントにも確認取りましたし」
「わかったわ。ああ、東君、愛人は一人よね」
「ええ、お一人で間違いないそうです。何でもその女性一途だったと、ご友人が」
「一人……奥さんがいるんだけど……まっ、それはいいとして」
「九美さん、私からも質問。いいですか」
「どうぞ、J様」
「では、遠慮なく。あの、東さん、ご遺体の方はもう」
J様が、東刑事の横顔へと尋ねる。
「ええ、警察医と共に病院へ向かいました」
「そうですか、ではご遺体に何か特徴はなかったでしょうか」
「はい。制服を着ている以外は特に。多少、服に皺は寄ってはいましたが、ボタンが外れるなど、着衣の乱れに関すると、さほど不自然さは感じませんでしたが」
「しかし、肩にカメラを提げられているようですが、まさかそれは、デジタル・カメラではありませんよね」
「よくおわかりで。実は私は常日頃からデジタル・カメラを携帯しているのです。事件の際に、その現場をスピード撮影しておくと、何かと役立つことも多いですから。ちなみに今夜も、ご遺体の撮影もしておきました。見られますか」
「お、お願いします。しかし、鑑識課の方でもないのに、カメラとはお珍しい」
「実はこれも、遅れてきた警部補のために撮影したものなんですよ。目の前にはもう無い遺体について、あれこれと説明するよりも、これを見てもらった方が早いと思いましてね」
「東君。それなら早く見せなさい。いい」
「はい、警部補」
「んっ」
東刑事のデジタル・カメラのデータ確認を始めたJ様が、首を傾げた。
「どうしました、J様」
「いや。九美さん。よければこれから、駅長の愛人宅へと行ってみませんか」
「はいっ?」
「東さん、愛人のご自宅は調べられていますか」
「ええ、駅長のご友人から、お聞きしましたから」
「住所を教えてください」
普段は穏やかなJ様の眼差しに、強い光りが宿った。J様、あなたは一体、何を見つけたと言うの!?