養老孟司教授によるネコの心臓病や腎臓病の研究 | 北条得宗家の鎌倉めぐり

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鎌倉散策や鎌倉散歩の様子の他に養老孟司教授の著書を中心として紹介

 

最初は購入する気が起きなかった。なぜかと言うとAIMが何なのかサッパリ分からない。我が家の一族に医師や看護師は出ていても、医療はまだまだ詳しくないのが現状である。とはいえパパっと調べてみたらAIMは、血中タンパク質のことらしい。つまりは腎臓病や尿路結石などの治療に充てられる。この血中タンパク質は、体内のゴミなどを除去する役割がある。これに目を付けた。

 

 

養老孟司教授の飼っていたまるは2020年12月22日に死んだ。もっと病気を治せれば普通に30年は生きるらしい。とはいえ人間も医療によって長生きは出来ている。それでも死は来るのだが、認知症でも長生きしたければどうぞ。他人に迷惑を掛けてはいけない。そう言って迷惑をかけているのは一体どこのどいつだろう。だから生死は古来より永遠の課題だった。簡単ではないのだよ。

 

 

私はどうせ人は死ぬんだという捻くれたタイプなのだが、養老孟司教授の言いたいことは何となく分かる気がする。むしろインターネット妄想架空世界でほざいている中高年ほど、言ってることがよく分からない。あなたは若いんだもんね。上から目線で一括りにするって、どうなんだろうね。死の経験もしていないくせに。事実、養老孟司教授も著書にて散々、述べてきたとおりシラケ世代が嫌いなのだ。1950年生まれ~1964年生まれぐらいの人たち。著書で養老孟司教授が東大の教え子以外にシラケ世代と仲良くしているのを見たことがない。私も別名オウム世代とか言って茶化している。むしろ落合陽一や斉藤幸平とかいう人たちは反対に行き過ぎ感も否めないが、あの人たちも結局は脳だけの人たちだから、分からなくもない。でも理想は追ってみるべきだろう。

 

 

東京の従妹も助けたかったな。24年という生涯は動物並みだけど、それなりに生きたんじゃないかな~と、そう思いたい。まさに平家物語の冒頭のよう。それはネコという家族も同じ。まるはペットショップで買ってきた訳ではないからね。保護の一つだよ。

 

 

知っての通り、鎌倉は死の街。歴史の街ではない。子供の頃というか小学生ぐらいなら歴史の街だと思っていた。こうやって二人称の人が死ぬと景色が変わる。それは私の身に起こっているからであり、似たような経験はあるけれども、誰もがその人オンリーワンな経験をするわけではない。オンリーワンとは脳ではなく身体にある。つまり最終回答は死である。それに私も後に気づいてしまった。人間はバカだから、元気なうちは分からない。風邪ひいたと叫んでいるうちはまだ元気。私から見ればかなり元気な方だと思う。医療従事者と同じにワクチン接種を回も打たなければならない。身体が辛い日は続くが、ハッキリ言って、それでも動けているんだから、風邪なんて寝てしまえばすぐ治る。ポンと横になるだけでも違う。でも老化が病気なら治療するべきだな。

 

 

その新型コロナウィルスによるワクチン接種は壮大な実験だった。不完全なままとにかくパンデミック状態を止めるために強行したことはご存知の通り。専門家ではないから破産状態なんて知ったことではない。そういう人は少なくないと思う。バベルの塔のごとく政治家と専門家による会議は続く。政治家が妄想で対抗するが、科学者は実態をもとに抽出するのみ。合うわけがないよ。

 

 

昆虫の中には知る通り、完全変態と不完全変態がいる。不完全変態は例えばカマキリ。お腹が空けば大人が子供を食べてしまうことさえあるし、またメスがオスを食べることによって卵を増やし子孫を残すもの。共食い系はそれで生きている。完全変態はチョウの仲間。幼虫は葉っぱを食べる。だから葉っぱをとにかく食べてみよう。すると健康な植物はなくなってしまう。すなわち蛹になるのだが、蛹のままだと防御力がゼロなので、成虫になる。羽ばたいていき、今度は花の蜜を吸うようになる。こうして餌場が重複しないようになっている。これをどれだけの人が知っていただろうか。つまり知ることとは、自分が変わること。それ以上、自然を壊さないように工夫されている。人間みたく、地球を汚すな!とは言われていない。これが自然のサイクルとして出来る。

 

 

自然な方がいい。システム化するほどイラっとするのは、何となく分かると思う。でも馬鹿の一つ覚えで、他者を一括りにするのは、恐らくあまり考えて来なかった人なんだろうけど、いくら自分中心の考えを他人に押し付けても、解決はしない。その場の気分だけは最高なのかもしれないけど。若い人のモチベーションが衰退しているのは、やはり都市化の影響も否定できない。どこかをいじれば、違うところがおかしくなってくる。それは人口過多や大気汚染の現代を生きている人なら分かるハズ。地球全体から見て、晴ればかりのところを作れば、雨ばかりのところが必ず出来る。人間が100歳まで本当に生きれば、認知症も増えるに決まっている。日本は世界一の長生きだが、認知症も世界ダントツで、不健康な人も少なくない。これは身体だけでなく、アルツハイマー型認知症のような脳にも当てはまる。実はアルツハイマーになるの老人だけではない。世話が焼ける人たちばかりなのだよ。

 

 

人間が訳の分からない生物ならば動物も昆虫も同じ。ゲノムを読めても猫が生き返る訳ではない。最後にショウジョウバエのゲノム解析がある。よく分からんけど、取り敢えず幼虫と蛹と成虫でゲノムが違うことだけは、何となく理解。だって見た目の形が違うんだから。ホラ昆虫って、恐らく人間みたいに自分が変わらないとは思っていない。いや、あいつらに思想なんてあるのか。そもそも幼虫から見て成虫を同じ生き物だとは思っていないんじゃないの。でもセンチコガネなら幼虫からすでに大きいみたいだしね。それは餌場が重複しない。糞虫の一種なら、恐らく地球の掃除屋なんだろう。役割がちゃんとある。他者が出来ないことを自分が穴埋めする。これが仕事。実は昆虫の世界と同じだったりする。子供の頃なら好きなことや興味のあることを中心にやるけれども、成長するにしたがって徐々に自分を曲げていく。開拓していく。養老孟司教授がかつて述べたように、どこに解剖向きの医者がいるんだ!ってのは、そのことなんだよね。それで元旦でも人は死ぬわけだし。固定観念を打ち破って見せろ。新薬に期待。

 

 

それと、好きなことばかり見聞きしたり、好きなことしかやらないなら、世間はまったく理解できないだろうね。現代人は自分中心に世界が周っていると思い込んでいるし、いい大人でも昆虫嫌いなのは都市化が影響しているという。もちろんカブトムシやクワガタやバッタやカマキリやセミなどといったモノは興味あるけど、芋虫と蜘蛛とゴキブリとムカデは大っ嫌いとか、それぞれあるはずで、いくら好き嫌いと言っても、好きなものの中にどうしても苦手なものはある。養老孟司教授も蜘蛛が苦手だしね。その世間を知ることは、他人の気持ちを理解するのにも影響してくる。双方はどうしても同じではない。だから、毛虫とチョウは違うだろうし、ウジ虫とハエが同じなのは、変というのは当然のこと。まして形からして違う。でも人間はバカだから一括りにしたがる。人間は利口なバカ!と最初に述べたの養老孟司教授だしね。先述の人間だって一人一人違うでしょ。身体が違うんだもんね。

 

 

 

 

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