養老孟司教授の昆虫本 | 北条得宗家の鎌倉めぐり

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20年前に書かれた文章。マルクス・ガブリエル『世界史の針が巻き戻るとき』(2020)において「東京も上海もニューヨークの擬態である」と、述べた。確かに、そもそも西洋と東洋の文化はまるっきり違うにもかかわらず、経済発展とは”同じにする””一つに括る”ことなのである。これが良いか悪いかは別として、データ化やAI化にも応用された。そういう回りくどいことをするのは、人間のみである。昆虫はどうだろうか、という。

 

 

そういう擬態の一例として、各エリアにおいて…多様性を持ち合わせていながら似たような昆虫が存在する。いわゆる「ダマシ」と「モドキ」だ。

 

 

「ダマシ」は一万種ぐらい、いるらしいが、どのぐらい騙しているのか。実際に「ダマシ」の方が種の親戚に近く、一方で「モドキ」は別の種だというが、違いが分かるだろうか。コレ事実として、私も専門家ではないから、写真だけでは分からなかった。よく見ると何となく違うんだけどね。

 

 

人間も、種として生き残るには、時に身体を騙したり、環境によって…合わせていかなければならない。無理強いという意味ではないけどね。

 

 

余談だが…私なんて18歳~24歳ぐらいまでは女装すればレディース・コーナーに入り放題だった。もちろん福岡市の従姉妹が同伴であるが。

 

 

もちろん、これは極端な例だが、現実問題としては、そういうことだ。そこまでしなくても…ある意味で脳を合わせなければいけないこともある。

 

 

私の祖父が「バカになって仕事しろ!」というのを孫たちに教えていた。お役所仕事だから、そうなのかもしれない。曾祖父を見ていたからか。

 

 

ある意味で「なるほどな!」と思ったのは、明治期は正義感で仕事している人が多かったけど、昭和になってから、どうしても正義感が通じなくなってしまった。夏目漱石のように、正義感を『坊ちゃん』という小説に込めていたのが…川端康成や三島由紀夫で脳化社会になってしまう。

 

 

それで「何の話をしているんだ?」という人は、恐らく、仕事の経験がないか、それとも何も考えていないかの、どちらかであろう。サラリーマンなら特に、何となく気づくはず。雇われ社畜人生として、給料をもらう方が先だから、例えば、ソフトバンクなら、そのカラーに合わせて、トヨタ自動車なら、そのカラーに合わせるはず。ファーストリテイリングだって、正社員ならよけいに販売員のプロでなければいけないワケだ。そういうことを昆虫で例えているんだな?と思った。ただ一つ、プロだからって、俺はプロだ!と優越感に浸ることではない。規則は…守るべきなのだ。

 

【ニューソース】

毎日新聞出版 公式サイト