菅義偉の政治家人生 | 北条得宗家の鎌倉めぐり

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鎌倉散策や鎌倉散歩の様子の他に養老孟司教授の著書を中心として紹介

 

ウソつき安倍晋三の超独裁体制を引き継ぎ、これまた、さらなる独裁体制を築こうと躍起になっては、官房長官に加藤勝信、経済再生担当大臣に西村康稔、などという微妙極まりない人選の上、2019年後半に流行した新型コロナウィルス(COVID-19)が猛威を振るっている結としては、脳の計画が上手くいかなくなると、両者を恫喝する。これほどまでに新自由主義体制が確立されてしまったわけで終わりの始まりだろう。

 

 

これで私が右翼思想に寄るわけではない。私のような中道左派が足繫くに投票に行こうとも、自民党一党独裁体制は変わらない。おもに思想を年齢で差別する中高年のクズ共に、ガースー内閣が誕生した途端に「不妊治療の保険適用」となれば無条件で喜んで飛びつくババア共などと、日本国民を騙すのって簡単だよね。私が池田清彦と同じことを言っても、たぶん信用しない。だけどガースー内閣なら信じるんだろう。

 

 

それでも秋田を大事にしているというのであれば、イージス・アショアの一件などは郷土を愛する人間であれば屈辱以外の何ものでもなく、烈火の如く怒って当然だろう。しかしこの件に関してガースーのそういうコメントは目にしたことがない。また、これまでの一連の沖縄に対する侮蔑的な態度をみれば、「沖縄」はガースーの中では「地方」ではないのか、と問い返したくもなる。また後者について言えば、自らのポスターにも「国民のために働く」と大きく謳っているが、では「国民のために働かない政治家」とは何なのかを考えれば、これが、いかに空疎なコピーであるかが分かるのだ。ウソつきもほどほどにして欲しい。ウソつき安倍晋三以上にウソつきで信用のない首相の支持率が60%超は不思議。

 

 

2012年に文藝春秋社からの企画出版が、元である。そして2012年版が注目された意外な要因(10万部の売り上げ)が、実はココにあるのだ。

 

「記録を残すの当然」削除で改訂版を発売

 

政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」という公文書管理の重要性を訴えていた部分が削除されていた。旧民主党の政権運営などを批判した章で、東日本大震災後の民主党政権の議事録の保存状態を問題視。ガースーらしからぬ素晴らしいツッコミだ。まるで日本共産党みたく、すべてハンタ~イ!とでも言いたげのようだ。

 

 

2017年に朝日新聞がツッコミを入れた

 

自著での主張は記憶にない?

 

ガースー「知らない(8月8日)」

 

加計学園問題で議事録の公開に応じる姿勢を示さないガースーに対し、朝日新聞の南彰記者が議事録の大切さを書いたガースーの著書の部分を会見で読み上げた。《「これを本に記していた政治家は誰かわかるか」と尋ねたところ、「知らない」と答えた》というのは、意表を突いた突飛な質問かもしれない。しかし「知らない」「その指摘は当たらない」と常にそっけない答えをするガースーの出方を読んだうえでの仕掛けともいえる。少年時代、秋田の裕福な家庭で育ったガースー少年は高価な釣竿を持ち「釣りキチ三平」のモデル説まで出るほどだったと言われるが、まんまと南彰記者に釣り上げられたのだ。自分の本の内容も知らないというエピソード満載の注目の部分が本書で章ごと削除された。

 

 

《文春新書編集部は「意図的に削除されたかのような報道も散見されますが、そうした意図は全くない」と説明。新書版に編集する過程で、総ページ数、全体バランスから民主党政権に触れた12年本の第3章と第4章を丸ごと割愛したとしている。》(東スポWeb) これに内田樹が噛みついた。神戸女学院大学・名誉教授であり、思想家・哲学者の内田樹は、実際に「もう文藝春秋社から本を出しません」と、述べたこともある。

 

例えば第6章。総務相時代に同省のNHK担当課長を更迭したことを誇らしげに書いている。その経緯が凄い。自分の方針に反対するNHK担当課長の発言を確認するために何をしたか?に対し、ガースーは嬉しそうに《懇談の議事録が残っていて、はっきりとその課長の発言が記載されていました。》と述べた。ガースーが議事録めちゃくちゃ活用してる何よりの証拠である。やっぱり議事録大事なのである。それにしても、この部分も新書では削除したほうがよかったのではないか?と思われるが、もしかしてココを残したのは文藝春秋社の意地悪なのであろう?

 

 

あとNHK担当課長がガースーの方針に否定的な発言をしたことを最初にご注進したのは「知人の論説委員」と書いている。懇談会には新聞社の論説委員が参加していた。つまりガースーは新聞社のエライ人まで味方につけた上で「情報網」を張って自分への批判を耳に入れていたことになる。これぞ、ロシアのウラジミール・プーチンや、北朝鮮の金正恩や、中国の習近平らと、やり方が同じである。独裁体制は進むね。

 

更迭するくだりも生々しい。例えば「質問もされていないのに一課長が勝手に発言するのは許せない。担当課長を代える」と言えば「ダメだ」というところ。そして《「いいから、代えるんだ」と押し切りました。》と自慢げに書いている。本書ではほかにも官僚に対する「強い口調」の描写は度々、出てくる。恫喝ありきで、もはや反社会的勢力の皆さんと同じんじゃないかと思う。ガースーって、もしかしてパーソナリティ障害なのか。

 

 ・「それなら地方交付税を含めていっさい口出しするな!」つい、語気を荒らげてしまいました。(P78)

 

 ・私は強く言いました(P81)

 

 ・「何を言っている。当然、全国に波及させるためにやるんだ!」と言うと主計官は絶句していました。(P159)

 

 ・こんな理事がいたのでは、改革などできないと感じた私は、道路局長を呼んで、「夜中は走らせないなんて理事は辞めさせろ」と命じました。(略)私がそこまで怒っていると知った理事は、何度も面会を求めてきて、「私の勉強不足でした。ぜひ、そういう方向でやらせてください」と積極的に取り組んでくれました。(P162)

 

「強い口調」のオンパレードだ。もともと、この本は『政治家の覚悟 官僚を動かせ』(2012年)というタイトルだったが、これでは、官僚を動かせというより恫喝しているようにしか見えない。改革するにしても、反対意見にも耳を傾けて議論していくという発想が、この本からは見えないのだ。自分が一番正しいという結論から始まっているのだ。今回の学術会議の件に見事に通底している。これぞサイコパシーな首相の誕生だ。

 

 

新書版では削除された章の代わりに官房長官時代のインタビュー収録が売りだが、そこにも恐るべきことがシレッと掲載されている。《内閣法制局長官や事務次官の人事については、強引だとの批判もありましたが、政権の方向性に合う人をきわめて客観的に選ぶという方針ですから明快そのものです。》(P195、2014年のインタビュー)などと、バカに合わせた”分かりやすさ”が強調されているために、騙されるバカもいる。

 

 

輝く菅義偉

元号は命"令"に和(集まる)

すぐピンと来るだろう?

 

内閣法制局長官でさえ「政権の方向性に合う人」と明快に言っちゃってる。そして「政権の方向性に合う人をきわめて客観的に選ぶ」って支離滅裂でもある。いろんな意味でヤバいのだ。こういうのを残したのはやはり文藝春秋社の意地悪なのであろうか。おかしなオンパレード応酬。

 

 

重みと思えるか、快感と思えるか。ガースーの権力の行使に対するこのヤバさは何なのか。実はその正体を書いた記事があった。菅義偉バカンボウ長官の番記者として取材してきた毎日新聞政治部の秋山信一記者は10月2日の「記者の目」で以下のように書いている。ガースーは記者に「権力」について《「重みと思うか、快感と思えるか」とボソッと語った。重圧に潰されないようにするためには、思うように政策を進める快感を力に変えられるかどうかだということだ。》 などと、権力を行使するのは重みではなく「快感」である。気分屋なのか、気分転換なのか。

 

 

たいてい権力者はその力を抑制的に使うはずだが、快感らしいのだ。ガースーは「たたき上げ」を売りにしているがこの振る舞いはただの「田舎っぺ」である。もとの単行本が発売されたのは8年前だが、現在この権力快感ジジイは内閣総理大臣となった。本人は気持ちがいいらしい。

 

 

新書となった菅義偉『政治家の覚悟』(2020)は、むしろ「国民の覚悟」である。この抑圧政権に耐えられるか。もはや時代は太平洋戦争のように回帰しつつある。上手くいかないと他人のせいにする。八つ当たりする。差別問題も山積している。グローバル化に疲れ果ててしまったアメリカ国民がドナルド・トランプ政権を選んだように、日本でも同じ道を歩むのだろうか。一旦、中道に寄ってもいずれ極右勢力の台頭が迫る。

 

【ニューソース】

文藝春秋社・文春新書 公式サイト