コロナ禍における本屋を助けよう大作戦その4(これで本当に本当の最後)。成長とは自分が変わること。ノムさんは生前からずーっとそう言い続けてきた。別にノムさんに限らず、養老孟司教授もそう著書に散々、書いてきている。現代人との違いは、戦争によってひもじい思いをしたかどうか。そこに限られるだろう。今現在の人の方が良くも悪くも一人のリーダーを信じ込んでしまう(カルト的)。他に理由が見当たらない。あるなら教えて欲しいぐらいだ。たかが60代とか70代ぐらいで食べ物がない時代があったか、自分で思い返してみるといい。そうでしょう?
川崎憲次郎が、ストレート145㎞/h前後、スライダーとフォークを軸に、至ってオーソドックスな投手だった時は、ノムさんがキャンプでアドバイスした。腰の使い方からシュートを会得する進言をした。元巨人の西本聖に見てもらった。肩や肘を壊さず腕を捻らない投げ方を教えてやる。こうしてついに川崎憲次郎はシュートを投げることにより、巨人打線を手玉に取った。せいぜい5㎝ぐらいの変化でも立派な成長なのである。
川崎憲次郎
余談だが、アメリカ・シアトルに行った時、中国系アメリカ人にイチローのことを聞かれた。詳しくないけれども、こういうのは付き合い程度なのだ。代わりに台湾出身の王建民という投手を教えてもらった。ストレートは150km/h近く、スライダーやカーブやフォークを武器に、やはり至ってオーソドックスな本格派投手だった。しかしニューヨーク・ヤンキースに移籍した時の王建民は違った。ナックルを武器に、打者を翻弄する変化球主体の投手に変化していた。自分が研究しつくされて、打ち込まれないためにどうするか。考える必要がある。またイチローがなぜシアトル・マリナーズで成功したか。それは自分を分かっているからこそなのだ。ホームランなんてハナから狙っていない。足が速いなら、それを活かす以外はない。大砲なんてメジャーリーガーにはいくらでもいる。彼には足と守備しか生きる道がないのだ。実力主義の意味を考え直す。
イチロー
このように正しい努力をしたかどうかによって、左右される。努力したから何でもかんでも必ず成功に結びつくわけではない。自分に何が向いているか、どんな方向性で行くか、自分で見極めなければいけないのだ。他人の説明なんて聞いている暇はない。例えば私も医療でガンの話をする時、以前には自分を分かっていないのか、私に解説しようとしてきた人がいたので、私はすぐさま「総合病院で眩暈がした」との話をしたら、あろうことか「それは熱中症だ!」と返ってきた。コレ実は医療関係者であれば失格なのだ。本当は最悪の脳梗塞を疑わなければいけない。次に季節性の熱中症であり、最後に過労や風邪の症状を疑う。総合病院で訴えるぐらいだから、とても尋常ではないわけだ。そうやって、相手一人一人を見ていかなければ分からない。医者でさえ患者の顔を見ないで分かるはずはない。インターネットの世界は無意味だ。
自分を分かって努力すると言えば長嶋茂雄と王貞治であろう。長嶋茂雄は今現在で言えば勝手ながら私的に注意欠陥・多動性障害の可能性も否定できず、それがむしろ良い方向に向いたというしかない。これは生まれつきでしかないのだ。息子の長嶋一茂も見ていれば一目瞭然でしょう。一方で王貞治は鈍いので、ホームランを量産するにはどうしたらよいか、考え実行しているのだ。体が大きくないから足を高く上げ、フラミンゴのような一本足打法で55本塁打を打った。荒川コーチ(当時)の家に通い付きっ切りで畳が擦り切れて、何度も畳を取り換えながら練習に励んだ。王貞治の凄いところは、真剣で竹を切っても決して軸がブレない体幹なのだ。真面目だから常に目が充血しているが…。
長嶋茂雄
王貞治
対照的と言われる二人だが、実は「イチローと長嶋茂雄」が「天才×努力」タイプで、一方「野村克也と王貞治」は「凡人×努力」タイプである。どちらも結果が出るのは、自分に足りないところ、伸ばさなければいけない長所を探すのだ。ところが実は、この手のタイプに当てはまらない選手がいた。南海ホークスの広瀬叔功である。全身バネのようで、打率3割6分6厘、2000本安打以上、守ってはセンターで大阪球場のフェンスを駆けあがることなく、ジャンプだけで一番上まで届く。この人は練習をあまりしなかったらしい。しかし名球会に入っている。もちろんイチロー並の練習をしたら、どれだけ恐ろしい選手になったか…とボヤいていた。昔は奇人変人が多いからね。だけど能力はイチロー以上かもね。
広瀬叔功
しかし、ノムさんがヤクルトスワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)の監督を務めた時、広島東洋カープや横浜大洋ホエールズなどと共に最下位から出発するような万年最下位お墨付きのチームだったので、まず選手改革に着手した。中でも恵まれたのは広沢克己と池山隆寛という大砲が2人いたことだ。これにハウエルも加わるだろうが、和製大砲はまずこの2人が在籍している。しかし…随分、懐かしい面々が出る。
広沢克己
池山隆寛
まずは脇役を入れて改革すべきだった。どうも、高校でホームランバッターだったと聞くわりに、二軍ではホームランを量産するものの決して大砲に思えない土橋勝征。2番セカンドで飯田哲也が走るまで、カウントが有利になっても待っていた。そしてバントよりも右打ちに徹した。守備も華麗とは言えないが、いぶし銀と言える活躍をした。つまり「いぶし銀」とは土橋勝征から発生したと言える。泥臭いが、体全体で止める。
土橋勝征
息子・野村克則の明治大学と法政大学の試合を見に行った時に、発掘した稲葉篤紀は、バッティングが良かったものの、どうも4番タイプではない。おまけに守備はファースト。そして社会人から発掘した宮本慎也。専守防衛に徹することを進言した。この2人こそタイプは違うものの、稲葉篤紀はバッティングから守備に徹することになった。肩が他の選手に比べてあまり強くないので、球際までダッシュで取って素早く投げる練習をしていた。自分を分かっている証拠なのだ。キャンプでもフリーバッティングの球拾いをする。何も雑用ではない。外野まで飛んでくる球を取る練習ほど他に有効な手段はない。一方で宮本慎也もまたショートを確実にモノにした結果バッティングに反映されたわけだ。2人とも2000本安打を放ち、名球会入りを果たした。スカウト陣に大してマークもされていなかった2人が名選手になったのだ。監督でも期待している。
稲葉篤紀
宮本慎也
ちなみに、この時96年オフに西武ライオンズのコーチを断って現役を続けることを希望した辻発彦をわざわざ獲得した。そしてセカンドでの辻発彦の溌溂としたプレーを研究させた。もともと辻発彦は社会人で「4番・サード」だったらしい(私はまったく知らなかった)が、西武ライオンズでの経験を若い選手たちに学びの糧として提供して欲しい、と伝えたようだ。セカンドを奪われた土橋勝征をいったんレフトにコンバートしてみた。90年代でも、どこでも守れる選手であったから、この判断は決して間違っていなかったのだ。人を扱き使うのではなく、扱き使われる能力。
辻発彦
中日ドラゴンズのコーチを経て、ついに58歳で埼玉西武ライオンズの監督に就任。随分、時間がかかったなあ。クロマティが緩慢な守備をした際に一塁からホームまで一気に走ったのが辻発彦。これを井原春樹コーチの手柄とする見方が多いらしいが、決してそんなことはない。手柄なんてどうでもいい。だからネット上では「論破したのは俺の手柄だワハハハハ!」とかいうアホがいるんだよ。とにかくホームに走って帰ってきてくれる選手が良いのだ。目の覚める三塁打を打っても、他が凡打なら0点。綺麗なヒットでなくとも、ファーボールだってデッドボールだってバントヒットだって、一塁から必ずホームに帰すためにどうすればいいか、チームとして考えるのだ。極論、合法なら騙したって良いわけだ。
こういった真面目な選手とは裏腹に、アホというか奇人変人な選手は現代にもいる。その1が阪神タイガースと北海道日本ハムファイターズで活躍した新庄剛志。この選手は「ブタもおだてりゃ木に登る」といったタイプで、少年野球ではないにもかかわらず「ピッチャーやりたい!」と言ってきた。せっかくだから「よし、じゃあピッチャーやってみろ!」と進言した。キャンプのある日でゼーゼー言いながらへばっている新庄剛志がいる。ノムさんが「どうだった?」と尋ねると、新庄剛志がノムさんの思惑通り「監督!ピッチャーって大変ですね…」と言ってきた。それでノムさんはようやく「分かったか?」と言って聞かせた。一旦、思い込むと自分は絶対に間違えていないと激しく信じ込み頑なになる。現代医学で言うなら、こういうのはパーソナリティ障害と言って退行(幼稚化)の現象なのだが、新庄剛志の精神年齢が幼稚園児と変わらないのはご存知の通り。いい年こいた大人になっても、インドネシアから「もしかしたら復帰できるんじゃね?」とか言い出すし…宇宙人と変な地球人の関係。
新庄剛志
変人その2が東北楽天ゴールデンイーグルスの高須洋介。もともと大阪近鉄バファローズの選手で、オリックス・バファローズとの合併を経て、戦力として漏れた選手である。大阪近鉄バファローズでも水口栄二というセカンドのレギュラーがいたため控え選手で、よほどのマニアでないと知らないかもしれない。その高須洋介はランナーがいないと時にはまったくやる気のないバッティングになる。その反面ランナーがいる時は得点圏打率が3割をゆうに超える。敢えてそうしているとはとても思えない。直させることも出来ないから、これでいい。不思議ちゃーん。
高須洋介
このように、良いところがあれば認められるが、良いところがまったくないのに口だけの野郎であれば、やはり改善の余地があって然るべきだろう。ノムさんが似たタイプとして森祇晶を挙げていた。森祇晶はもともと巨人の選手でV9を達成した川上哲治監督が示す元祖ID野球を継承した。別にその頃の巨人の選手は贅沢だったわけではない。少なくとも4番タイプを並べてはいない。柴田勲や土井正三や高田繁などといった脇役がいたから、かつての巨人があれだけ勝ち続けることが出来たのだ。90年代~2000年代の巨人ったらもう、三振かホームランかしかないでしょう。FAなどで獲得してホームランバッターしか並べないという、これだけ単純な打線は他に前例がない(メジャーリーグは別として)。三振さえ取れれば4番打者なんて怖くない。つまり脇役がいないと後が続かないのだ。途中で切れたら実は面白くないんだよ。面白さってね。
森祇晶もノムさん同様にボヤく。今現在は若い人たちを中心に”明るくなければいけない”といった雰囲気があるのだが、だからこそ、見ていると考えない選手があまりに多いという。これだけ食べ物に恵まれ、薪をくべてフーフー吹きながら沸かした風呂がボタン一つに。川で選択して手洗いだったのが、これまたボタン一つに。あくまで一例だが、中川淳一郎の『恥ずかし人たち』(2020)にも出ている通り、現代人は現在、自分がかなり幸福な位置にあることを自覚していない。むしろ不幸だと思い込んでいるから文句が出る。自分が間違っても謝れないオッサン。何かにつけて「若者が悪い!」と捲し立てて他人に八つ当たりする。相手が例え年下であっても、知らない人に対してはいきなりタメ口で、丁寧語や敬語がいっさい使えない。そういう”年上は何が何でも立場が上だ”という浅はかな考えをなくすべきなのだ。このことはいくら監督でも同じで、選手のことを考えて一生懸命ボヤいている。悪口とか愚痴とかとボヤキはそこが違うのだ。明るくハッピーな人は監督に向かない。
ちなみに監督業には、専任監督のほかにプレイングマネージャーと呼ばれる、いわゆる選手兼監督というのがいる。ノムさんが南海ホークス時代にこなした。次に古田敦也が2006年、東京ヤクルトスワローズの選手兼監督の座に就いた。ヘッドコーチは伊東昭光で、もともと投手だった人物をヘッドコーチに就任させた。これが正解とか不正解はともかく、内野手の方がヘッドコーチに向いているようだ。ベンチは全体を見る役。投手は全体を見ない。ほとんど見るのはキャッチャーだけ。全体を見渡せる内野手の方が、選手兼監督の場合はヘッドコーチに向いているというノムさんのアドバイスだ。何となく分かるな。仕事でも全体を見渡せる人がいないと、上手く捗らないしね。土橋勝征?池山隆寛?
古田敦也
さらに中日ドラゴンズには名将となった落合博満監督を引き継ぐ形でプレイングマネージャーに就任した谷繫元信がいた。コチラは辻発彦がヘッドコーチに就任した。選手にあまり恵まれず、荒木雅博、井端弘和、福留孝介らが高齢化して他球団にトレードされたり、メジャーリーグ挑戦で抜けたりと、どん底の地にいた中日ドラゴンズを立て直すべくイチからやり直しを図ったが、時間切れだった。成功は森野将彦ぐらい?
谷繫元信
そもそもノムさんが南海ホークス時代に、現在では当たり前としているプレーが出来ていなかった頃だったので、名参謀のドン・ブレイザーが「日本の野球に何が足りないと思う?」と聞いてきたとき、ノムさんは最初、本気で走塁とか打撃の技術やパワーの他にメンタル的なものだと思っていたらしい。そこでドン・ブレイザーが頭を指した。つまり”日本人はアタマが悪い”といういことか。何しろ太平洋戦争直後のため根性に気合いだもんね。特に鶴岡一人元監督はそういう信条で「グラウンドには銭が落ちている」という有名なセリフも生まれた。鶴岡語録で残る。
インターネットの世界みたく何でもかんでも相手と繋がっていればよい、というものではない。相手を分かるとか分からないとか、以前に、どうやったら分かってもらえるか?と考えた方がいい。それはノムさんが選手時代に培った努力もそうだし、見ているコーチや監督が必ずいる。またそれを敢えて蔑ろにする選手もいた。それが山崎武司。中日ドラゴンズからオリックス・ブルーウェーブに移籍し、東北楽天ゴールデンイーグルスで最高の思い出を作り、そして最後に1年間だけ中日ドラゴンズに在籍し選手生活を終えた。球界では「暴れ馬」として有名で、オリックス・ブルーウェーブの当時の監督、井原春樹と揉めたことも多々あった。その時は恐らくユニフォームを脱ぐ覚悟での行為だったというらしい。
山崎武司
東北楽天ゴールデンイーグルスはパリーグでDHがあるから良かった。どうやってこの暴れ馬を手なづけたかって、それはノムさんが山崎武司の性格を把握し、お互いに信頼関係を築いたからですよ。時に自分は信頼関係があるから別にいい、という人もいるが、それではうまくいかない。なら「お前ダメ!」とか「お前もクビ!」というばかりで成長しないからブラック企業なのであり、そういうブラック企業はたいてい最初がレベル10だとすると、5年以内にレベル1にまで到達する。自分の部署の転落ぶりに気づかない上司こそまったくもってダメなわけですよね。
自分は別にいいんだ!という人は超個人主義である。国が悪いとか、国会議員が悪いとか、文句を言う前に選挙に行けばいいことだし、農業だってやってみないと分からない。本当に食べ物がなくなったら、どうするんだろう。国がお金を出してくれない、とかいって打ち出の小槌だとでも思っているのか。やはり最も他の世代に八つ当たりしているのは就職氷河期の世代だし、だったらなぜ「農業をやろう!」という風にならないのだろうか。現代人にはまったく響かないと思う。しかし、だからこそノムさんも警鐘を鳴らしているわけだ。死してなお、存在感は強い。そして「好きこそものの上手なれ」は決して疑わなかった。そんなもん職業になれば甘くない、とかいって確かにそういう面も否めないものの、これが「好きじゃないのに上手くなる」ことと「好きで上手くなりたい」と思うことは随分、違う。体が軽くなるし、他にも挑戦する意欲が湧いてくる。
この真面目な発想は2015年に東京ヤクルトスワローズの監督に就任した真中満に継承される。真中満、宮本慎也、稲葉篤紀、などという「真面目三羽燕」が東京ヤクルトスワローズにはいたわけだ。足が速く、守備の上手い真中満だが、インコースは捌けるけど、アウトコース目一杯は見逃し三振をしてしまう、という癖があった。器用にファウルで粘れたのも、彼がもともと持ち合わせた能力ではなく、自分で考え、開拓していった結果なのだ。結果論ばかりに持ち込んではいけない。三振すべて「バカたれ(by 鶴岡一人元監督)!」では3割なんて打てないのだ。
真中満
ほとんどが東京ヤクルトスワローズの話ばかりになってしまった。でも、それはそうだろう。ノムさんは東京ヤクルトスワローズで、ほとんど良い思いをしてきた。阪神タイガースでは「スランプ スランプ ドット 落ちcom」の連続だった。東北楽天ゴールデンイーグルスでは74歳で解任。
クライマックスシリーズに進出しても、フロントは一切、聞かなかった。高齢でダメとはどういうことだ。でも選手でもダメならサッサと引退するべきだし、現在は選手生命を賭けた高齢化を競っているとはいえ、やはり「引退してくれ!」と簡単には言えない選手もいる。一刻も早く自分の今現在の立ち位置と能力を見極め、改善するべきだろう。すべての選手が満足できるわけではないことを悟るべし。まず己を知るとこからだ。
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