この人も歴史研究家。まず本書はただの観応の擾乱であっても大きく二つに分かれており、前半が足利尊氏や執事の高師直らが足利直義らと戦乱を巻き起こすシーン。後半は三条殿になった二代目将軍・足利義詮が率いた場面。だから「二頭政治だ」というのが日本史の教科書に出てくるが、決してそうではないことを最初に否定したのが、著書『応仁の乱』(2016)が47万部のセールスを記録し、さらに著書『陰謀の日本中世史』(2018)も11万部のセールスを記録して、2019年の新書大賞第3位にランクインした著者・呉座勇一であり、本書の著者・亀田俊和はそのことを評価している。順番が逆になってしまうのだが、実は双方は知り合いであり、双方の著書で取り上げている。研究はこうでなくてはいけない。競争の意味をはき違えてはいけない。でも戦後史的に日本人という民族が自己中心的だから、シラケ世代(1950~1969年生まれ)と呼ばれてきたこともあった。歴史というと、日本史とか世界史はそうだが、歴史の転換点が何かと言えば政治であり、日本社会を考えることであり、全体主義なのである。これは自意識の強い人には分からないだろう…でも社会性とは字を反対にすれば「会社」でもあるわけだ。
今回はそういうのは一切なしに、教科書通りの知識も引き出しながら、検証していこう、というもの。著者は果てしなく続く戦乱に興味を持ったようで、大学の卒業論文においても観応の擾乱が起こったメカニズムを解明したいという意味を込めて書いたようだ。今回この企画をもらうのは自分の研究に回帰するという意味をも持っている。いわゆる亀田俊和による日本史・歴史研究の原点回帰である。そして観応の擾乱といえば、戦国時代に勝るとも劣らない魅力。それは私が思うに、鎌倉幕府も室町幕府も、それ自体が戦乱の時代だったからだと思う。武家社会はまさに戦いの証。それでいて高師直と足利直義の対立は知力と知力の戦いで、現代人が思っているより「言ったもん勝ち」「やったもん勝ち」なわけではない。むしろ…現代人の方が「言ったもん勝ち」「やったもん勝ち」の幼稚で稚拙な考えをしている人が少なくないと思っている。
(アニメとゲームの聖地)
(日本人は低次元の承認欲求)
(日本人40代・赤ちゃん返りの図)
それこそ訴訟制度もあったし、逮捕された人物もいる。ただ単に「たたっ切る」か「たたっ切られる」かではないことを証明している。法律に従って裁く。それが建武式目のようなもの。また本書では『南北朝の動乱』(中公文庫)を中心にしばしば佐藤進一氏への言及がなされている。彼に対して本書の9ページに「日本中世史研究の枠組みを作った巨人」とか、217ページでは「戦後の南北朝史研究の金字塔」などと述べられていて、いくつか佐藤進一説を批判しており、こういった前人未到の域に達するため、ただ単にウンウン頷くだけでなく、主張に対して批評し、常識を覆すことが研究なのである。むしろ批判されるだけ、佐藤進一氏の当該研究がいかに偉大だったか、と述べられている。なるほど。
著者・亀田俊和が高一族で気になっているのは細川顕氏であり、決して評価が高くない武将であるものの、これについては「執事=高師直」「侍所頭人=細川顕氏」という公式が成立し幕府のツートップだった(いわゆるキング・カズとゴン中山みたいなもの?)。1352(文和)元年、死の直前に後村上天皇が籠城する石清水八幡宮を攻撃し、子息政氏を失う犠牲を払いながらも猛攻撃を加えて陥落させ、のちの二代将軍・足利義詮に最後の御奉公をするあたりは戦慄さえ覚えるという。日本新党を率いて自民党を撃破した現代の将軍・細川護熙という首相が1993年あたりに誕生したわけだが…過半数に届かず、他の政党ともうまく分配しながら国会に登場したあたりは、細川氏は昔からやり手なのだろう。ぶっちゃけ社会のために考える人は、この世代まででしょうね。団塊世代以降から「自由=好き勝手・自己中」に様変わりするようになる。
次いで仁木頼章・義長兄弟である。執事としての権限が弱く、戦場でも将軍・足利尊氏の後方支援に留まったために、いまいち目立たない武将であるが、高師直の後任に選任された執事として立派に任務を果たしている。幕府再建にあたって、大いに役目を果たした武将だと考えられる。そもそも、最初は足利尊氏が将軍でなくてもよかった…という見方もあるしね。1221(承久三)年に勃発した承久の乱以降、足利家は源氏の嫡子としてのプライドがある。巷で足利家は源氏の嫡子(子孫)ではなかったという見方もあるが正解なんて見つからないから仕方ない。
佐々木導誉も著者・亀田俊和は気に入っている。もともと足利一門ではない外様大名なのにもかかわらず、これだけユニークな役割を果たした武将は珍しい。今回、執事として印象に残ったのは、佐々木嫡流の佐々木六角氏頼。佐藤進一氏は「気が弱い」と評しているものの、観応の擾乱・第一幕では本拠地の近江国で足利直義派の石塔頼房軍と激しい戦闘を繰り広げている。また1355(文和四)年における足利直冬との京都市街戦においても、後光厳天皇の警備を担当していたのだが、興奮して自ら旗差となって足利直冬の陣に突撃している。佐々木六角氏頼の武断的な性格を本書で指摘したのも、ちょっとした隠れた成果なのであろう。しかし、学問もまた突き詰めるほど細かくなっていくんだ。
足利直義派の武将では桃井尚常の忠誠心に言及されることも多いが、著者・亀田俊和は石塔頼房の役割も看過できないと述べる。常に最前線で足利尊氏軍と戦い続け、足利直義の死後もずっと反尊氏の活動を続けている。桃井尚常以上の足利直義派だったのかもしれない。こういったことは現代人には考えられない。特に日本の悪いところはリーダーに集結する癖があるから、あまりいい気がしない。余談だが、イタリア人、フランス人、日本人、ドイツ人、アメリカ人に、それぞれ船から海に飛び込むとき、どう言えば、言うことを必ず聞いてくれるかの研究がアメリカの大学で真面目になされていた。これが教育ではなく、長い歴史で培われた国民性だと証明されることになる。民族性はあるわけだ。
① イタリア人 → 飛び込んでください
② フランス人 → 絶対に飛び込まないでください
③ 日本人 → み~んな飛び込んでいますよ
④ ドイツ人 → 飛び込むのは規則です
⑤ アメリカ人 → 飛び込むとヒーローになれます
また忘れてならないのは三宝院賢俊。煩雑になると想定されて本書には書かれていないのだが、足利尊氏・高師直軍の敗戦が濃厚となる状況で、三宝院賢俊は自身の財産を弟子に譲与している。まさに足利尊氏らと共に討ち死にする覚悟であった。さらに言うと、彼のライバルであった実相院静深も、上杉朝定・斯波高経・山名時氏など足利直義派の中核とされる武士たちも早い段階で足利直義派の立場を明確に宣言している。人並みの武士たちよりも、よほど武士らしい血気盛んな僧侶がいたことも興味深い…坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというワケだな。
応仁の乱は英雄がいない戦乱として話題になっているものの、観応の擾乱では以上のように、英雄的な武士たちがたくさん存在することに大きな違いがある。応仁の乱と比較しても観応の擾乱は短い(とはいえ60年に及ぶ)。他方、内乱の範囲としては応仁の乱が京都近郊で勃発したのに対し、観応の擾乱は全国規模で展開されたことも大きな相違点となっている。応仁の乱は八代将軍・足利義政の優柔不断さがダラダラと戦乱を長引かせたのに対し、最終的な勝者も曖昧なままに戦乱が集結するが、対して観応の擾乱は、かなりスピーディーに事態が動き、決着もはっきりしている。著者・亀田俊和は、そういうところに留意しながら、呉座勇一『応仁の乱』(2016)と本書『観応の擾乱』(2017)を読んで欲しい…などと懇願している。どちらも室町幕府のグッチャグチャでカオス的な戦乱だからこそ…ある意味で人気があるのかもしれないね。
ちなみに著者は2017年から台湾大学に着任。暑くて食べ物が美味しいと聞いていて、実際その通りだったという。街にはゴミがほとんど落ちておらず、清潔な印象。台湾人は人懐こい性格で、親切な人が多い。日本人の「日本人は親切だ!」のように、わざわざ「台湾人は親切だ!」とは言わない。当たり前のことはいちいち口に出さないものなのだ。例えば「俺はいい人だ!」というのは、周りからいい人だと思われているか不安だからいちいち口に出すのである。スポーツやトレーニングで体を動かすのが好きな人が多く、地下鉄は安くて便利。知ってるよ。
実はウチの嫁もルーツが台湾で、旧姓は漢字一文字なんですよね。だから中国名で私が勝手に調べて2018年中国女の子の名前人気ランキングで目についたのが「梓涵(ズーバン)」であり、勝手に「徐梓涵(スー・ズーバン)」と名乗らせ、家では「ねえズーバンちゃん!」と呼んでいる。本人は別に嫌がっていないどころか、むしろ喜んでいた。それ以前に、私は一人で台湾旅行だってしたことがあるけど、アジアでは日本語で大きな声で喋れない分だけ、台湾では日本語が通じる(すべての場所ではない)し、かなり好意的だった。機会があれば、また行きたいね。
日本人の人種としての遺伝子にあたる99%は中国本土であることが分かっているし、台湾も高砂族とかの先住民はいるけど、現在はほとんどが中国本土からの漢民族になっている。どこに行っても、違いなんて存在しない。グローバル化に賛成か反対かはともかく、他人との違いをほじくり返していちいち口に出すのは、それは「自分がいかに凄いかを相手に無理やり分からせたい」というワガママな性格から来るものであり、難しくなんて微塵も考えてもいない単純さがある。元を言えば、人間は南アフリカから地球上に広がったわけであり、宇宙から見れば国境なんて存在せず、明るい未来を考えるなら本当は差別主義者こそいなくなった方が良いはずなんですけどね(ユヴァル・ノア・ハラリ談)。
【ニューソース】








































