中野信子の脳科学 | 北条得宗家の鎌倉めぐり

北条得宗家の鎌倉めぐり

鎌倉散策や鎌倉散歩の様子の他に養老孟司教授の著書を中心として紹介

 

なぜ「相手や周りの気持ちがわかりすぎる人ほど生きづらい」のか? それは脳なのです。中野先生は、自身の著書『不倫』(2018)でも、日本人は社会中心で、アメリカ人は野心的だと述べた。ではアメリカ人と中国人はまったく同じということか。これも極右勢力の藤原正彦もそうやって大陸国家を相変わらずバカにしているが、日本とイギリスなら、本当に同じなんでしょうかね。アングロサクソン人のような技術開発は日本人には出来なかったと思いますけど。では空気を読めって、どういうことだろうか。私は社会中心なのはロシアも中国も北朝鮮あたりも同じだと、以前に述べたし、そもそも、みなさん科学ならすべてが正しいと思っているでしょう? これ、実は10年後に、変わるかもしれないんですね。

 

 

さっそく増版。とにかく「正しい答え」が欲しいという、悲しい人間の本性。中野先生の言い分は分かり切っているはずなのに私もついつい購入してしまう。私は、新刊として出版された数日で、さっそく第1刷の間に買いましたけどね。不倫のところは、著書があるので飛ばしましょう。

 

 

毒親について。最も有名なのは優しい女の子ママのこと。それはイコール相手のことを思うあまり、娘の幸せを願って結婚相手を選ぶ。コントロールしたがること。一理あるよね。でも世の中に絶対はないしね。だけど経験だとかいうしね。何が正しいって、よくわかりませんよ。だって、今やお見合い結婚なんて、ほとんどあり得ないでしょう。またお見合いをしても、別れる率は低くない。そう思うなら、私は養老孟司教授の「結果論」を支持しますね。結婚してみなければ、どうなるか分からない。バツイチというのはあくまで上手くいかなかった結果論であって、都市に住んでいれば「あーすればこーなる」という正確さに慣れているのだけど…自然観では必ず答えが正確であるというわけではない。正解なし。

 

 

私事になりますが、やはり九州の同い年の従姉妹も結婚のときに「医者と結婚しろー!」とばかり言われていたのを覚えています。私は耳が良いからダンボにして聞いているんだけど、暫くいなくなると「あっまた母娘問題でケンカしてるな」というのは、なんとなく分かりました。結局、公務員というか国家公務員というか、結婚相手は仕事が出来ないだけで解雇には出来ない職業でした。それなら、というところで落ち着いたわけですね。オーストラリア・シドニーで結婚式を挙げて、一緒に遊んですごした時間が特に長い私は祝ったわけです。いちばん上のお姉さんの時に私は行かず、この時はウチの姉が行きました。身内だからといってゾロゾロ行っても…包んで渡すのが高額になるだけですからね。

 

 

医者は出来高払いなので、どうなるか分からないところがあります。ぶっちゃけ、発達障害の医者も少なくない。近所のクリニックで患者の顔をほとんど見ない医者っていませんか。それから、思い通りに事が進まないと、すぐキレたり、他人のせいにしたりする医者っていませんか?

 

 

それは発達障害の可能性があるので、そういうクリニックは行かなくて結構です。患者の気持ちになれない医者はヤブだから、治すのに苦労します。例えば強い薬を出して、親戚が開いた薬局を儲けさせるとか、ひたすら手術したがる医者とか、危ないからやめるべきで医者も変人。

 

 

このすぐキレるというのはご存知の通り、前頭葉の中にある内側前頭前皮質という部分がうまく働いていないんですね。偏桃体というのが脳の真ん中あたりにあるのですが、前頭葉は車でいえばブレーキで、偏桃体はアクセルです。前頭葉がうまく働かないと、一気に物事が進んでしまいます。つまり、通り魔事件型ですね。大阪・池田小で起きた宅間守型です。反対に前頭葉でうまく制御出来ていれば、物事はうまくはかどるわけで、誰にも知られずに人攫いや連続殺人が決行出来るわけです。こちらは宮崎勤型。私も人攫いには、充分に気を付けなければならない身であったし、東京の従妹も不審者に追いかけられたと、同じ学校の生徒がわざわざ訪問して、その事実を聞いて、助けに行ったことがありましたよ。同級生とか上級生がすでに匿ってくれていてヒックヒック泣いているのを発見し「一緒に帰ろう!」と言って、私の顔を見たら、どうやら安心したみたいです。こういう興奮を促す作用はADHDに当てはまり…ギャンブルもまた野心的なんですね。実は天才って一部だし。

 

 

ただ、本の中にあるギャンブル性が日本人は低い、という見解は聞いたことがありませんね。むしろパチンコやスロットのようなもので考えれば、韓国人よりも日本人の方がギャンブル好きというデータもあり、その数値は人口の約10%に上るというのが、より正確かと。だって日本は競馬やボートレースや競輪とか、いろいろあるじゃないですか。その数値は数字を低く見積もるために、中野先生が出している数値は、実は入っていないのではないかと。どうなんでしょうかね。カジノだって、実際に導入した後に統計を取ってみないと分からないですが、これまた養老哲学からすると、統計学は物理の量子力学から来ていて、あくまで平均値に過ぎない、というのも間違いではない。例えば水を出すとしましょう。水道管から流れる水は一定ではありません。99%の重水素と1%の軽水素で成る、というように、必ず同じ分子の量ではないのです。

 

 

ブレンダと呼ばれた少年』の話をしましょう。割礼手術の失敗により陰茎を失ったカナダのディヴィッド・ライマーという少年は、女性学によると文化的・後天的なものによって性が形成される…という研究見解から、ボルティモアにあるジョンズ・ホプキンス病院のジョン・マネー教授のところへ…医療事故の相談に行った。手術は成功だと繰り返され…両親にとっては、有名な教授の見解だけに、膣の形成にも積極的だった。

 

 

髪の毛を伸ばし、フリル付きのスカートを穿いたり、女性ホルモン治療も試したが、まるで効果がなかったためか、本人としては嫌で、男の子の遊びを繰り返しており、それが逆に「変な女の子」として格好のいじめの対象になっていた。苦しんだ末、彼?彼女?は14歳の時に父親から医療事故のことを打ち明けられる。そして38歳の時、拳銃自殺を図ることとなった。これが現在のLGBT問題にも活かされることを願う。のちにアメリカ合衆国大統領に就任したバラク・オバマも、このLGBT問題には積極的に取り組んでいました(民主党だからね)。難しい問題だな。

 

 

私は常々、本来なら男っぽく、とか女っぽく、とか、関係ないと思っているんだけど、その私だって期限付きトランスジェンダー(女装)を試したことも当サイトにて公表しているし、今現在なら理解されて当然なはずなんです。ウチの母親は「お姉ちゃんの次も女の子が欲しかった」とか言っていたくせに、九州の同い年の従姉妹が作り上げた別の私を見て、最初は気持ち悪いとか言っていたけど、九州の同い年の従姉妹と東京の従妹と顔がソックリなので「3人並んだら悪くない」とか言い出す始末。カジュアル・ショップに出かけても、23歳ぐらいまではいちばん痩せていた頃で、同い年の従姉妹が買うのを失敗したものでも充分に入るぐらい細身だったんですね。体のラインは羽織るもので隠せばいいわけ。

 

 

店員さんが「双子の姉妹ですか?」と尋ねてきたので、コクコク頷く。違うと言ったら、むしろ変に思われる。仕草までなぜか女性になる。スカートを穿いていると、生まれつき&サッカーをやっていた影響で自然とX脚が強調される。声を出すとアブナイ状況になるので、ほとんど黙っている。暫くすると、オシッコしたくなった。男子トイレで普通にやるのは危険。だってスカートを捲り上げて、立ってしてたらおかしいでしょ。では個室はどうか。それでも恰好が恰好だけに、誰かが入ってくると「えっ?」と思われる。仕方ないから女子トイレに入ることにした。つまり中性なら自然と女に寄るわけですね。これは生き物の宿命といっても過言ではない。女性が長く生きている方こそ、子孫を残せるから、だから女性の平均寿命の方が長い。これ、動物も昆虫も同じなんですね。まして、魚や鳥は性転換までして最後まで子孫を残そうとします。凄いな。

 

 

法的にトランスジェンダーは、個室覗きでなければ罪はない、とされています。恰好が女性なら、やっぱり女子トイレに入らなければおかしいでしょ。だけど万が一ということもあるので、同い年の従姉妹が「トイレに一緒について行ってあげるから!」と言ってくれました。入口付近で「ちゃんと見てるからしてきていいよ!」と言ってくれて、入ってくる人がなるべく少ないときに出入りすることに成功。女性は優しいね。ウンウン

 

 

極論、両親が男児が生まれてきて失敗したと思ったとき、女児に育てたいと思って、子供の時に陰茎を取ってしまっても、実は生きるだけなら問題ないんですね。むしろ、その方が体が女性化していくことは以前も述べていて、中国の宦官のようなものです。本当に女性になりたいと思っているトランスジェンダーの場合、膣形成もしますよね。これで心置きなく女子トイレに入れるわけですが、別に男だ女だと決めつけなければ、あと周りの理解があれば、何の問題もないわけですね。最も重要なのは人間性です。頭の良さではありません。この人間性の問題については、次の野村克也監督の話につながるわけです。野球でもサッカーでも、単なる会社員であっても、すべては人間性が決め手なのだ。

 

 

名将・野村克也監督の話。野村監督は南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)時代からプレイングマネージャーをやっていたものの、特に有名になったのはヤクルトスワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)の監督に就任してからでした。まず最初に選手に挨拶。新入社員ならぬ新人選手に最初に丁寧語で話していたそうです。初対面なら、丁寧語を心掛けていたと。これ実は論語にあるんですね。鴻上尚史の著書にもあるように「年上だから偉いのではなく、尊敬できる年上だから偉い」のであって、相手が年下だからと言って問答無用に見下し、ボロクソにバッシングしてよい、とは、書いていないんですね。韓国も日本もモンゴルも論語を誤読しています。上手くいく秘訣なんか他にありません。

 

 

それで次に何をするかというと、初対面の選手や新人選手にペーパーテストを実施しました。目的はのちに述懐しているように「ワシはひとつの正解を書いてくる選手よりも、不正解でもたくさん書いてくる方が好きや!ウェヘヘヘ…」と常々、述べていたそうです。世の中に正解はないので、ただ単に「あなたのおっしゃる通りです!」と言われましても、お世辞が上手なのと、能力が高いのは別問題です…ということですね。

 

 

野村克也監督はそういう組織にしたくない。社会人シダックスの監督時代においても「向上心がないなら人間やめろ!」というキッツイ一言で、選手たちは何とか変わりました。それまでバラバラだった選手たちが「あーでもないこーでもない」と野球談議を始めたのです。競争というのは、ただ単に勝つか負けるかではありません。互いに、情報を得て、教えあい、語り合い、共に成長するのが、コレが本当の意味の競争なんです。兵庫県に本拠地を置く阪神タイガースでも、宮城県に本拠地を置く東北楽天ゴールデンイーグルスでも、それはまったく、同じでした。

 

 

これは中野先生が中学の時に出会った理科の先生の方法論と一致するわけですね。人は「頭がいい」「頑張った・努力した」「何も言わない」で、のちの到達度を見ると「頑張った・努力した」という経過を褒める方が、伸びるわけですね。ただ単に褒めまくるのもどうかと思うし、まして連発されたら、イヤミにしか聞こえない。そういえばと思って、練馬の家の隣に住んでいた奴が東大へ行ったけど、同じことを言っていたな~と思います。東大や京大の入試傾向はただ単に正解を書くのではなく、正解までの経過を記述式で見ているのです。早稲田・政経の論述問題も確かそうだったな~と、思い出しました。その理科の先生は良い人ですね。30点分だけ正解を出すもので、後の70点分は「ヒトはいかにしてヒトになったか」とか「宇宙はどうなっているか」とか、現在の大学教授や研究者でもよく分からない正解ナシ記述問題を敢えて出題していた。

 

 

ただ単に空気を読むといっても、難しいですね。だけど、だからこそ人間なのだと思います。思い悩み、苦しみ、時に思い切った決断も必要で、失敗を経験しながら徐々に成長していく。私はこの「徐」という感じが好きです。なぜかというと、これは嫁の父上・母上のことも考えなければいけないのですが、まあぶっちゃけていうと…私の嫁の旧姓が「徐」だからなんですね。ビビアン・スーの「徐」と同じです。スー・ルオシェン。

 

 

徐若瑄(スー・ルオシェン)

 

と書かれているけど、うちの嫁は「ルオシャン」と発音しているように聞こえる。ウチの嫁は、嫁の祖父母のルーツが台湾だから、中国語がバイリンガルに近い感じで喋れる。これでも、私が性に関して、どーでもいいと思ったり、グローバル社会の方がよいと思ったり、などということを「若い人独特の思想だ!」というのであればお間抜け。実は「政治」「経済」「宗教(日本なら天皇)」「組織」というのは実体のないものです。どーでもいいと思っているのは、単に何も考えていないという意味ではなくて、現実にもっと目を向けたらどうですか?ということ。ただ現実に目を向けられないのは分かっています。なぜなら、我々は家にいるし、オフィスビルで働くし、全員とは言わないけど、暑ければクーラーにあたって、寒ければ暖房を入れて、雨にも当たらず、風を感じることもなく、快適に過ごしているからです。そこに意味のないものは…見当たらない。

 

 

だからほとんどは植松聖被告と同じ考えだということが、みんな自分で分かっていないんです。意味のないものを置かないということは、意味のないものは全部排除するということでもある。思想に従って実行するかしないかの違いだけで、基本的に考えは同じ。先述のLGBT問題もそうだし、到達度の問題もそうだし、中野先生が述べていることに自然観はなく、ただ脳の動きだけを調べているという、真実であるかのようなウソ(とは言いすぎですが)までも、広めるのはどうかと思います。ただ、もっと正確性を高めるなら、実際に人間を連れてくるしかないですね。

 

 

オバマ元大統領は言いました。白人も黒人も黄色人種もヒスパニックも、またLGBTの人たちも、この地球上にいるすべての人が地球人という仲間なのだと。私の嫁だって元を辿れば日本と台湾のクォーターであります。だから問題なかったというか、ちょうどよかったのです。まして真面目な看護師であればなおさら、相手がどんな人でも、受け入れる度量を持っています。ヤブ医者も事件を起こす看護師もいるけど、ほとんどは真面目に人を助けようと努力し、日々、頑張っています。私が風邪ひいたとなれば、あの薬がいいとか、この薬の成分がなんだとか、市販薬についてもいちいちアドバイスしてきて、おまけに「一日一回飲んだらもう飲むな」とも言ってくれています。薬の飲みすぎもクセになりますからね。ちなみに、ウチの嫁は白衣を着るけど、祭りになると今度は浴衣を着ます(当たり前だ)。コレがまた…たまらんのや。ウェヘヘヘ

 

 

ところで、これでも、私の「思想が若い人独特だ!」と豪語する間抜けな人はいるんですかね(苦笑)。すっごい分かりやすく書いているつもりなのですが。もう答えそのものじゃないですか。次のアメリカ合衆国大統領選挙は「ドナルド・トランプ VS. ジョセフ・ロビネット・”ジョー”・バイデン」であれば、もちろんジョー・バイデンを応援するに決まっています。私のパヨク思想は、もしかしたら自然に培われたものかもしれない。だから青山学院大学なんでしょうね。英語がやけに得意な人から、生まれつきのトランスジェンダーから、ハーフの人から、当時でも、いろんな人がいましたからね。たまに分からないという人がいるけど、人は分からなくて当たり前だし…自分こそ本当はいちばん分かっていないです。

 

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