こんにちは、未知子です。
この記事について、
に至った経緯を知りたいとのメッセージを頂きましたので、
もうちょっと詳しく書こうと思います。
それはですね、もう何回も同じ事を繰り返し、
不満を感じ、またやっている!ってその度に自分で気付いていったからです。
上のブログにもある通り、本当にこのまんまなのですが、
結局自分で不満を選んでいる、ってはっきり分かった時に、
「もう辞めよう」
って本気で思えたのです。
つまり不満も満足も、全部自分で創り出しているんだな、って言うのがはっきり分かったんですね。
私は、かなり願いを現実化するのが得意ですが、
でも、ちゃんと叶った現実を大切にしないと、全然満足しないんです。
これは自分で何回も経験して、意識的に取り組んできた事だから、本当によく分かる。
ちゃんと叶った現実がここに在るな、って見ないと、
すぐに、また外側ばかり見て、でもこっちも叶えないと幸せじゃない!ってやってしまう。
これは、本当に外側はどうでも良くて、
単に自分が満足したいか、不満足でいたいか、それだけの問題。
だから、どんなに完璧に外側を整えても、永遠に不満足な人もいますよね。
だから満足したいなら、自分で能動的に満足を見出す、取りに行く。
そう言う姿勢じゃないと、やっぱり満足感は得られない。
この前も、クライアントさんと「気持ちは選べる」という話になり、
「退屈」が、一番魂の嫌いなことだから、
あえて私たちは自分で心が動くようなことを選んでいる。
今考えなくても良いことを引っ張り出してきて、
イライラしてみたり、不安になってみたり。
でも、そこで満足とかハッピーな気持ちより、どうしてもイライラとか不安を選んじゃう。
それは、どうしてだろう?って話していた時、
イライラとか不安の方が
くっきりはっきり色で言うと黒みたいに見えるけど、
満足とか幸せの気持ちはふわふわと輪郭がなくて色も薄くて、
見ようとしないと見えない、
ってクライアントさんが話してくれました。
なんか分かりませんか?
イライラとかの方が見えやすくて掴みやすいから、ついそっちを選んじゃう。
幸せとか満足はちゃんと目を凝らして、見ようとしないと見えないし、
掴もうとしないと掴めない。
だから、ついついイライラを選んじゃう。
でも、気持ちは選べるとしたら。
ちょっと時間と手間はかかるかもしれないけど、
安易にイライラを選ぶより、
ちゃんと目を凝らして満足や幸せを見たいし、掴みたい。
私は、わざわざこれを自分でしているのを、何回も何回も気付いて、
そして今でも、不満を感じるたびに気づいています。
でも、何回もやる度に、さすがの私もちょっとずつ良くなっていって、
「あ〜わざわざ不満の方向から、現実見ているよね。」ってすぐに気づくようになりました。
上の記事にも書いたけど、
自分が感じる気持ちって実は選べるなら、
自分が自分にどう感じさせたいか。
大事な大切な自分なら、もっと満たされた気持ちを感じさせてあげたいなと思っています。
それが本当に自分を愛する、大切にするって事なんだろうな。
そしてこれも全部自分で勝手にできる事♡
未知子


