「いったい、どうしたんですか?」
上擦った声と、定まらない視線
ちひろが冷静さを失っていることは明らかだった
「決まってるだろ、今回もあの人の使いっ走り」
守屋は右手に持った紙袋を掲げて見せた
「でも、わたしはもう水上さんとは…」
ちひろはうつむいて小さく首を振る
「どうでもいいけど、頼むから中に入れてくれ。かれこれ2時間も待ってたんだ」
「2時間!?なんでそんなに?」
「なんでって、1秒でも早く渡せって頼まれたから」
「えっ?」
疲れきったちひろの頭は、考えることを放棄した
「…散らかってますけど、どうぞ」
震える指で鍵を開け、守屋を部屋の中へと通す
「うわ、せっま!就職したんならもっとマシなとこ引っ越せよ」
「まだ入社して3か月だし、お給料そんなに高くないんです」
ちひろがムッとして答えると、守屋が眼鏡を押し上げ舌打ちをする
「だから素直にうちに来りゃあ良かったのに。常務のお墨付きも出てたんだぜ」
「それって…」
以前に周が、就職先を紹介してくれようとしたのを思い出した
「もしかして、守屋さんって出版社にお勤めなんですか?」
「そう、だから今日は…俺が担当してるミステリー作家の新刊を届けに来た」
守屋は手にした紙袋から、1冊のハードカバーを取り出した
水色の美しい表紙には、ある有名作家の名が記されている
「水上あまね、って知ってる?」
ちひろの心臓がドクッと跳ねた
「名前だけは。わたしは殺人とか怖いのが苦手なので…ミステリーは読まないんです」
「だろうね」
「でも!」
ちひろは混乱しっ放しの頭と乾いた口を、必死の思いで動かした
「水上あまねって、女性ですよね?」
つづく↓

