翌日の昼休み

ちひろが図書館でレポートの下書きをしていると 

「やっぱ、ここにいた」

春翔が現れ、隣の席に腰を下ろした

「なにか用?」

昨夜のこともあり警戒したが

「昨日はごめん、突然押しかけたりして」

思いのほか素直に謝られ、ちひろは少し拍子抜けする

「ううん、こっちこそ。わざわざエクレア買って来てくれたのに…ごめんなさい」

「それにしても、あのオッサン変わってんね」

春翔が長机に頬杖をつき、ぼそっと言った

「オッサンじゃないよ、まだ27歳だもん」

ちひろが言い返すと、春翔は深いため息をつく

「なあ、あいつの素性とか知ってんの?」

「名前と年だけ、あとはなんにも」

「職業は?」

「知らない。普通の会社員って言ってるけど、たぶん嘘」

「それで平気なの?おまえ」

ちひろは手を止め、驚いた顔で春翔を見た

「ハルくん…怒ってないの?」

「怒るっていうか、呆れた。あのあとさ、駐車場で待ち伏せしてアイツに文句言ってやろうとしたんだ」

「えっ!?」

周と春翔が口論しているところを想像し、ちひろの顔は青ざめる

「べつになんもしてねえよ。ただ、おまえのことが心配でさ…遊びならやめてくれって言っただけ」

どうやら春翔は、本気でちひろのことを気にかけているようだった 
「彼はなんて?」

「おまえのことは遊びじゃないって…マジでなに考えてんだ、あのオッサン」

大げさに肩をすくめた春翔から、敵意はさほど感じなかった

「どうせ嘘だから真に受けないで。ほんっと困ったひと…」

ちひろは呆れたようにつぶやくがその口元は綻んでいた


2週間後


「…って感じで仲直りしたんです、ハルくんと」

「はあ?」 

ベッドの上で、ちひろを抱き寄せた周の動きがピタリと止まった  

「ついでに就活イベントに誘ってくれたから、明日一緒に行ってきます」

「ふたりきりで?」

その声はいつもよりワントーン低く、かすかに震えているようだった

「まさか!5、6人のグループです。女の子もいるから心配いりません」

周は無言で、彼女の腰に回した腕に力を込めた

「水上さん?」

ちひろが顔をのぞき込むと、周は素早く視線を逸らす

「べつに心配はしてないけど、柏木春翔はほんとにちひろのことを諦めたの?」

言葉とは裏腹に、眉間には深いしわが寄っている

「また拗ねてる。しかも、ハルくんのフルネーム、どうして知ってるんですか?わたしは教えてませんよね」

「それは、本人に聞いたんだ」

「嘘ばっかり。もしかして、守屋さんに調べさせたとか?」

「まさか、そんなことするはずないだろう」

周の目はさっきから泳ぎっぱなしだ

「そもそも守屋さん、水上さんとは友達じゃないって言ってましたよ。いったいどんな関係なんですか?」

「アイツとはほんとにただの友達だ!その件は拓海の方が嘘をついてる」

「わかりました、みーんな嘘つきってことにしときます。だから…あのっ」

ちひろはお風呂上がりのバスローブを肌けさせ、周の胸に顔を埋めた

「なに?」

その胸の鼓動は、普段の冷静さからは想像できないほど激しく波打っている 

「早く、しましょう?」 

「…明日そのイベントから帰ったら、すぐに俺にLINEすること、いいね?」

約束しないと抱いてもらえそうもない雰囲気に、ちひろが苦笑いして頷くと  

「いい子だ」

さっきから待ち焦がれていた、甘い口づけが降ってきた

「んっ…」

灼熱の夜がまた始まる


けれど

別れの朝は、刻一刻と近づいていた 


つづく↓