4月の初め

花冷えのする夕暮れ時

「お疲れ様」

「…どうして?」

ちひろがバイト先のコンビニから出て来ると、黒いロングコートを羽織った周が待ち構えていた

今日はふたりの間でなんの約束もしていない

しかも

「良くわかりましたね、ここ」

オフィス街のコンビニで働いていることは前に伝えたが、店名や場所を教えた記憶はなかった

「まあ、なんとなく…この辺かなって」

守屋に調べさせただなんて、口が裂けても周は言えない

「ごめんね、なかなか会いに来れなくて」

電話でやり取りをした日からひと月以上、ふたりは顔をあわせてなかった

「いいえ、それより…ありがとうございました、ホワイトデー。守屋さんにもお礼を言っておいてください」

「どういたしまして」

先月の14日、バイトから帰るとマンションの部屋の前に守屋がいた

「お届け物だ。水上は娘が風邪をこじらせていて、しばらく会えない。連絡するから待っててくれだと」

男はぶっきらぼうに用件を告げ、大きな紙袋を彼女に押しつけると姿を消した

「なんだろう?」

事態を飲み込めないちひろが、恐る恐る紙袋の中をのぞいて見ると

デパートで買ったと思しき宝石箱のような高級菓子が、数えきれないほど詰め込まれていた

「びっくりしました…ひとりじゃとても食べきれないです」

「女の子は甘いものが好きだと思って」

満足気に微笑んだ周の手が、そっとちひろの手を取り自分のコートのポケットに入れる

「わたしはバレンタインタインになにもしてないのに、あんなことされたら困ります」

「いいんだよ、ただの自己満足なんだから」

ゆっくり遊歩道を歩き始めたふたりの頭上に、風が落とした桜の花びらが降り注ぐ

「すっかり葉桜になっちゃったな。ほんとは満開の時期にお花見に連れて来たかったんだけど」

「…お子さん、体調はどうですか?」

チラッと横を向いて盗み見た周の表情は、少し疲れているようだった

「ああ、もう大丈夫。元気に走り回ってるよ」

「良かった」

口にしてから、ちひろはぎゅっと唇を噛み締める

その子から父親との時間を奪っておきながら、心配している風を装う自分は心底醜い女だと思う

「ちひろ?」

周が立ち止まり、彼女の顔を覗き込もうとした瞬間

「あっ…!」

前方に見覚えのあるオレンジのパーカーを見つけた彼女は慌てて周の手を振り解き、大きな背中の後ろに隠れた



つづく↓