初めてのドライブデートは、日没前に終わりを告げた

「じゃあ、また連絡して」

「はい、ご馳走様でした」

妻と娘を迎えに行くという周は、ちひろをマンションの前で降ろすと去っていった

自分の部屋に戻った彼女は着替えもせずに、こたつの上のノートパソコンを起動させる

左手には、さっき周からもらったダイヤの砂時計が握られていた

「どう考えても、おかしいよね」

片手でキーボードを叩きながら、首を傾げずにはいられない

ちひろは週末の夜はカクテルバー、平日は学校帰りにオフィス街近くのコンビニで働いている

どちらの店も客層は若い男性が中心だ

だからこそ、会社員が纏う独特の空気には敏感だった

上司や取引先の顔色を伺い、後輩や部下に気を配る

そんな日常が生む、幾重にも重なった見えないストレス

周には、そういった澱(おり)のようなものを感じない

おまけに27歳という若さで、専業主婦の妻と娘を養いながら、自由になるお金がありすぎる

ちひろと会う時のホテル代はもちろん、彼が身につけているスーツや鞄はいつも質の良い高級品ばかりだった

今日のデートだって、そう

フレンチのコース料理とプレゼントの費用を合わせると、サラリーマンの小遣いの範疇は軽く超えている

(自営業、それもかなり高収入の仕事をしてるはず)

そう考え、ネットで検索してみたのだが

「やっぱりない、どうして?」

水上周という名前で、それらしい人物はヒットしない

SNSすら本名でやっていないとなると、会社経営という線も薄いのだろうか

既婚者で子どもがいるというのも、最初は少し疑っていた

セックスのあと、眠っている周の左手の指輪をそっとずらしてみたことがある

日に焼けている、というほどではないが健康的な色の薬指には、くっきりと指輪の跡がついていた

車の後部座席にあったチャイルドシートも、綺麗だが相応の使用感が見てとれた

車内はミルクのような甘い匂いに満ちていて、周が愛用している香水の香りを消すほどだった

妻子がいるのは、どうやら嘘ではないらしい

「あのさ…」

帰りの車中で周はちひろに、ある頼み事をした

「もうそろそろ敬語はやめてくれないか。水上さんって呼び方も…シュウでいいって言ってるだろう」

「奥さんは、水上さんのことなんて呼んでるんですか?」

「それは…」

言い淀んだ彼の代わりにちひろが暴く

「シュウ、って呼ばれてるんでしょう?」

「まあ、そうだけど」

「だったら、わたしは今まで通り水上さんって呼ばせてください」

人の夫を奪っているという罪悪感が、そんなことで消えて無くなるわけではないが

彼と一定の距離感を保つことで、ユリと娘に対する申し訳なさをほんの少しでも減らしたかった

「頑固だなあ」

やれやれ、といった風に苦笑いした周の横顔からは

妻子を裏切っている後ろめたさは微塵も感じられなかった



つづく↓