出会った時から
周の言葉には、多くの嘘が透けて見えた
そもそもが妻と幼い娘を平気で裏切るようなひどい男だ
免許証で確認した名前ですら、今でも怪しいと思っている
それでも何故か
彼はちひろに警戒心を抱かせない
「ここ?」
小雪が舞う中、タクシーは住宅街の外れにある古びたマンションの前にたどり着いた
「はい、2階の右端の部屋です」
家賃の安さを最優先にした築40年のマンションは、オートロックはおろかエレベーターすらない
「つかまって」
周はちひろの腰に腕を回し、慎重に階段を上がっていく
「すみません、もうここで大丈夫ですから」
そんな言葉とは裏腹に
鍵を開け凍えるような寒さの室内に入った途端、ちひろは膝をついて倒れ込んだ
「全然大丈夫じゃないだろ…ったく」
ぐったりとした体を抱き上げ奥へ進むと、ソファベッドにいったん下ろしてコートと靴を脱がせてやる
「エアコンつけるよ、リモコンは…あった」
明かりをつけて見渡した部屋は殺風景で、若い女性の部屋という感じはしない
小さなこたつの上にはたくさんの本とノートパソコンが無造作に置かれていた
「散らかってるでしょ?恥ずかしい」
「こんな時になに言ってんの、毛布はこれでいい?」
周は手近にあったブランケットでちひろを包み、胸の中に抱きしめた
弱った身体に温もりが満ち、ちひろはほっとして目を閉じた
住んでいる部屋を知られたことも、むしろ良かったとさえ思えてくる
どれくらい、時間が経ったのだろう
「…ええ、そうです」
眠り込んでいたちひろの耳に、キッチンの方から話し声が聞こえてきた
どうやら、誰かと電話で話をしているらしい
「すみません、夕方には行けると思います。はい、またあとで連絡します」
ちひろは慌てて体を起こした
「水上さん?」
「あっ!ごめん、起こしちゃったね」
周の右手には、黒いスマホが握られている
「もしかして、お仕事の電話ですか?」
「ああ、いや仕事ってほどのことでは…それより体調はどう?」
「はい、だいぶ良くなった気が…」
ふと、壁かけ時計に視線をやると2本の針はちょうど真上で重なっていた
「もうお昼!?家に帰らなくていいんですか?」
テーブルに見覚えのない飲み物やデザートがあるのに気づいたちひろは、驚いた顔で周を見上げる
「こっちのことは気にしなくていい。それはさっき、近くのコンビニで買って来たんだ。気分が良ければあとで食べて」
「えっ!?」
「ああ、ちゃんと鍵はかけて行ったから心配しないで」
周はちひろの隣に座ると肩を抱き寄せ、優しい声でささやいた
「少しだけ、話をしてもいい?」
つづく↓

