ボランティア@3回目 | 私的森羅万象

私的森羅万象

我が家のMダックスちゃんの旧椎間板ヘルニア闘病記
あーんど飼い主のへなちょこ日記

皆様の温かいお言葉


ありがとうございました^^




怪我もなく無事帰って来ることが出来ました。




石巻で亡くなられた方、被災された方を想いつつ


今回も現地の現状を伝えたいと思います。










19日(金)雨。


20時過ぎに横浜を出発。


3カ月ぶりのボランティアでなんだか落ち着かない…。


現地は多少でも変わっているだろうか、


この雨が上がって、ちゃんと作業が出来るだろうか…。


そんなことを思いながら東北道を進みます。






今回のボラバスは2台体制、70名で現地に向かいます。


夏休み時期も手伝って、私の乗車したバスは


若い子たちが多く見られ、最年少は高校生。


大学生も多く、今回は若々しいボラバスメンバーとなりました。




バスの中で仮眠し、起床時間より少し早めに起きて


トイレで洗顔、身支度を整えていると


現地のおばさんが「どこから?」


「神奈川です」と答えると、「遠いところからありがとうね」と


ニコニコと出ていきました。


現地の方言って本当に温かい。




今日も一日頑張らなきゃ。


かぴさんのお天気パワーを頂いたおかげで


雨も上がって気候も涼しい。


あとは怪我にだけ気を付けよう…。




外で一服してると


また現地の男性が話しかけて来ました。




「ボランティアさんか、ありがとうな」


「そんな格好じゃ寒くねぇか?温かくしろな、今日は涼しいから」




「どっからきた?」


「神奈川からきました」と私。




「俺は女川だ、同じ『川』でも大違いだなぁ、なんもねぇ」


私「私達、お手伝いさせて頂きますから


一緒に元に戻しましょう」




「義援金もいっぱいありがたい、500万ぐらい貰えるってよ。


俺ぁ金持ちおじさんだぁ、はは」




人見知りな私ですが、現地でのコミュニケーションは

なぜか全然不安もなく話せるんですよね。


なんでだろう…?




「こうな、元気に見えてもホントは暗いんだ…」と


少しさびしい顔をした次の言葉




「何が立ち上がれ日本だ。


こっちは這い上がれ日本だよ」


本当に悔しそうな顔をして言われたので心が痛かった。






私は「これからも来させて頂きますから


必ずいい街に戻しますから」


そういうのが精一杯でした。




被災された方から聞く言葉は本当に気持ちがこもってて


時に重く、辛いことがあります。


でも、偽善でなんて続けられることじゃないから


その言葉をしっかり受け止めた上で継続して支援したい。




おじさんの言葉を繰り返しながらバスに乗り込みました。






作業の前に被害のひどかった場所に立ち寄ることになり


バス2台はある場所へ。






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亡くなった方への冥福を祈りました。


手前には花や遺品。




少しでも亡くなった方を慰めたい思いからでしょうか


物も十分じゃない中、看板の前には


プランターに植えられた小さなひまわりが咲いていました。




左には七夕飾り。


笹の葉に吊るされた短冊には、復興への願い、故郷への思い


自分を奮い立たせる言葉が綴られています。






そして、アスファルトに描かれた言葉。




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24時間テレビでも放映されたとのことで


連れが画像を撮ってくれてました。








私的森羅万象








私的森羅万象






この周りはほとんとが流され、基礎だけが残っていました。


所々建物も残っているけれど、壁が剥がれた建物や


1階部分は全てぶち抜かれたような異様な風景。


屋根には瓦礫の残骸も。






地震直後の生中継で


津波が襲いかかるシーンを見ていた私でも


大津波の爪痕が残る建物を見て、


どれほどの流れ、高さで襲ってきたのかを思い浮かべようとしても


想像をはるかに超えるの力という漠然とした言葉だけで


私の脳内ではその時の風景を再現できませんでした。








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海の方は瓦礫が山積みにされており、まるで堤防のよう。


何もない土地の先に瓦礫の山。


3回目のボランティアでも「これはどういうこと?」って


視覚と思考が繋がらずに混乱する風景です。






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バスから見た風景では


鉄筋とコンクリートのパネルで作られた壁もコンクリが割れ


鉄柱はねじ曲がっていたり




窓の高さ以上に積まれた瓦礫やクルマの山があったり






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辛うじて建物だけが残った倉庫。


横壁は津波に壊されたようです。



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道路沿いにもまだ回収されないたくさんの瓦礫。


この瓦礫の分だけ、ここに生活があったんですね。




今はなんと言うか・・・


仕事も出来ず、避難所に避難されている人も多いせいか


通行人はほとんど見かけず、信号も消えたままで、


大きな通りなのに、生活感の無いモノクロの街がそこにありました。






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震災から5カ月が過ぎ


前回のボランティアから3カ月が過ぎたのに


復興へ向かってると確信できるようなものではなく


瓦礫の収集などはされているにしろ


私の目には、ボランティア参加当時となんら変わっていない


あの時から時が止まっているかのような風景に見えて


まだ本当に長い時間がかかるんだと愕然としました。




漁港の再開や物流の正常化は


確かに復興へ向かってると言える一つではあるけれど


仮設住宅が出来たぐらいではまだまだなんですよね。




言い方悪いかもしれないけれど、所詮「仮設」。


いつかは出ていかなければならない場所。




現地の人たちが、一日も早く「仮」ではなく


本来の意味での「住宅」で生活できる状態になること


雇用の問題、行政の地震防災対策、そしてメンタルケア。


課題は頭で考えるよりもっと膨大なんだと思います。








私達ボランティアは、その生活の正常化を


地道に協力させて頂くことしかできないもどかしさはあるけれど


継続することで、着実に進んで行けると信じてます。


千里の道も一歩から。








今回の作業は、石巻の水産加工工場と住宅地が立ち並ぶ場所で


中でも一番ひどいとされた地域の側溝の泥出しです。


距離にして200mほど。


側溝はヘドロで満タン状態。




作業を始めると、ガラスの破片、ドル箱、パンプス、オイル缶など


さまざまなものが出て来ます。


朝方まで降っていた雨のおかげでかなり重たく、


深くなるにつれてヘドロ臭も酷くなります。




前回の泥出しで慣れたつもりでいましたが


魚が出てくるぐらいですから、腐敗臭もスゴイ。


それでもみんなで周りの参加者に気を配りながら


協力して土嚢袋を積み上げていきます。






まめに休憩をとりつつ…








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お昼は近くの工場が場所を提供してくださって


トイレ、水道まで使わせていただきました。




午後には現地ボランティアセンターの方も合流し


ラストスパートで作業。


無事200mの側溝をキレイにすることが出来ました。




9時~15時まで、70名で200m。


この一日で出来たことはたったこれだけです。


それでも、やらなければたった200mだって進まない。


地道に誰かが繋いでいかなければ


復興にたどり着かない。


これが現実なんですね。








作業を終え、片付けを済ませ


終礼時に昼食場所をお貸し頂いた工場の方から


お話を聞かせて頂きました。




当時の様子のファイルを見せて頂きましたが


向上の中は津波のせいで機材が散乱し、


外から入ってきたであろう木片などが押し込まれていました。




「こんな状況だったんです、でもやっとここまで戻りました」


現在工場内の瓦礫は撤去され


少ない機材が整理整頓されている状態。




「本当に来てくれてありがとうございます…」と


涙で声が詰まる工場長。


「今日まで(側溝を)どうすることも出来なかった。


こんなにきれいにしてくれて…」


その姿に私を含め何人も泣いていました。




全員で工場長にお礼を伝え


被害に遭った家の前を通りながらバスが待つ場所へ。








海側の窓が割れ、残された瓦礫。


同様の家が左右にも数軒ありましたが、皆同じような被害。


まるで何か巨大な生き物が家をぶち破って行ったような


そんな印象を受けました。






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現在、夏休みとは言え、飛躍的にボランティアが増えるようなことはなく


寧ろ減っているとのことでした。


震災当時から利用されている道の駅では


直後にはボラバスが多すぎて駐車場に入り切れず


目の前の道に路駐するほどだったそうですが


この日は私達のバスだけでした。




確かに3カ月、4カ月前には、サービスエリアや道の駅で


地方からのボラバスと一緒になることがあったのに


今回は全然見かけなかった。


被災地が広すぎて思うように進まない上に


もともと阪神大震災よりも少ないボランティアが


日を追うごとに減っていってるなんて…。




企業などでも、ボランティアをしたいと思う社員に対して


安心して参加できる基盤を整えたり


支援制度のようなものを設けてもらえたら


今後のボランティア活動や復興にも役立つと思うけど…。


企業としては難しいことなのかもしれませんね。






時間の経過とともに、感じるものも変わってきたけれど


今回の活動もたくさんの勉強になりました。




今後も継続して活動していく予定ですが


いつかは泊まりで岩手に行きたいと思います。






今回も長い記事になりましたが


最後まで読んでいただきありがとうございました。