先日の朝、朝掃除をしていると、知らないナンバーから突然のコール。
出てみると、知人のK先生が亡くなったとK先生のお兄様からの電話でした。
なぜその電話が私にかかってきたのか、、
私よりも義理の母や父、夫にかかってきそうなものなのに、、
そんな風に思いながら、
お葬式の場所や時間をメモして、
そしてお香典などはいらないと聞く。
聞いたことを夫や義理母に伝えた後、
「でもお香典、、、本当にいらないのかしら、、」「やっぱり用意した方がいいんじゃないかしら、、、」
そんな風に思って、用意しようとすると、
『いらない、いらない』
と手を横に振っているK先生の姿が浮かび、
あ、本当にいらないんだなとわかり、
本当に K先生らしくて、
涙ぐんでいるのに、
ついクスッと笑ってしまうということがありました。
K先生は獣医さんで、
牛を見てあげている先生で、
豪快で、いぶし銀で、 優しくて、
牛には好かれていたみたいで、
牛の肛門から手を肩あたりまで入れて
手や指で 内臓や子宮などを検査する方法を教えてくれたりもしました。
面倒見が良くて、
結婚する若い獣医の先生を連れて
結婚指輪を買うならここだよ、、と私の以前の職場を紹介してくれたりもしました。
釣りが好きで、
よく釣った魚をさばいてお造りにして持ってきてくれたりもしました。
人懐っこい人で、
大きな体だけど、子供のようなところがあって、
とても愛すべき人でした。
そしてきっと奥様の前では、
寂しさや、弱さを見せていたのかなと感じます。
夫婦仲が良くて、
いつも一緒に出かけていました。
奥様も獣医さんで、
私たち夫婦と私たちの猫たちは、
K先生夫妻に公私ともに とてもお世話になっていたのでした。
そして 今思い返しても
K先生は、K先生という たましい そのもので、
本当に愛すべき人でした。
*~*~*
無限にあるこのときの、
限られた時間の中で
途方も無い時間の連なりの中で、
わずかな瞬間でも重なり、
誰かと出会い、話をし、楽しみ、笑い、
その人の生を感じられたことは、
喜びや感謝でしか無いのかもしれません。
死も 生と 同じように 尊いもの。
死が喪失の悲しみだけに彩られるのでなく、
その人の生きてきた姿や
愛の足跡に
勇姿に
繊細さ
優しさに
時に おっちょこちょいの 可愛らしさに。
悲しみや寂しさに対する繊細さに。
そんなところにも目を向けて
その人の生を愛おしく感じられていけたら、
私たちは その人の温かさを
身近に感じて 生きていけれるのかもしれません。
だから
わずかな瞬間でも
あなたと出会い、あなたに触れあえたことは、
私にとって光です。
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