「はて…。どうやって阿蘇神社に行くのだ?」
と思いながら運転していたら
「迂回路」という文字とともに
右折レーンに連なる車が…。
「ちよいと曲がってみよう」と思い
その車たちの後ろを着いて行ったの。
案の定、迂回路で無事に阿蘇に行ける模様

(↑まだ気付いてない)
その道の途中、突如現れた「乙姫神社」の看板‼︎
この看板が目に入った瞬間は
すでにわたしの車は通り過ぎてたから
急いでUターン(←本日2回目^^;)
「行こう」じゃなくて
すでに「行く」だった。
狭〜い道を入っていくと
そこはすっごく古い町並みで
タイムスリップしたような空間。
もう、それだけでワクワク‼︎
写真撮っとけば良かった〜…
っと、今更ながら後悔…。
鳥居の下に立った瞬間
わたしは感じたんだ。
「ここだ‼︎」って。
言葉で表現するのは
ちょっと難しいんだけど
「嬉しい」
「ただいま」
「帰って来たぁ」
「来れて良かった」
「会いたかった」
なんかね、そんなモノが
ドワーッて出てきたの。
☆
写真はないけど^^;
たくさんの絵馬がかかってて
それを見たら
「元気な赤ちゃんを授かりますように」とか
「赤ちゃんが無事に産まれますように」とか
書かれてあったから
「子宝の神様なんだ〜」っていうのは
わたしでも分かったのね

「素敵な神社だなぁ〜」って
見渡しながら拝殿に入ったの。
お賽銭を入れて、お参りする時には
わたしはすでに大号泣。
父が死んだ時以来かもしれないってくらい
嗚咽しながら泣き崩れたの。
顔ぐちゃぐちゃにしながら
しゃがみこんで
一人で大号泣…なんて
誰も信じられないかもしれないけど、ね。
「止めよう」とすれば
「止まった」涙かもしれない。
でもわたしは「身体」を優先したの。
「わたし」よりも「身体の反応」を。
その涙を無理矢理止めることはしなかったの。
☆
その時の感覚に
一番近いモノといえば
出雲大社でわたしの背中に
何かが入った時、とっさにわたしは
「わたしの身体がヤバイ!」って思って
両手を広げてその何かを放出したんだけどね。
この時も、実は同じように
「わたし、このままいくとヤバイ!」って
頭のどっかで感じてたの。
だからか…。
わたしは電話を鳴らさせたんだ。
泣き崩れてた時
北九州のとあるお店から電話がなったの。
普段、かかってくることなんかないお店なのに…。
その電話が鳴った瞬間
わたしは何かと繋がっていた糸を
プツンと切ったんだ。
「我にかえる」って感じだった。
慣れ親しんでいる、
わたしが思っている「わたし」に戻っていったの。
☆
今、わたしはこの記事を
15日から少し時間が経った20日に書いている。
思い出しながら書いている。
その時にすぐ書くことも出来たけど
わたしはすぐに記事にはしなかった。
だからこそ、その時に起こったことを
第三者的に見ることが出来る。
そして、気付くことがたくさんある。
「わたし」がなぜ「ヤバイ」と感じるのか。
それも「固定観念」のしわざだった、と。
上手いこと文章にすることすら出来ない
無数の固定観念が、ベッタリくっついている。
☆
いつ、どこで、また
この感覚と同じ体験をするかは
わたしにも分からない。
だけど、次に起こった時は
その感覚を受け入れてみようと思う。
今までに2回、ビッグチャンスを
与えてもらってるのかもしれない。
それをわたしは2度とも「信じなかった」んだ。
正確に言うなら
「ヤバイ」を信じたんだよね。
だから、今度は、
その反対を信じてみようと思う。
きっと、それは
「わたし」に還ることになりそうな気がする。
楽しみだ〜‼︎
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