逐一発見していく時に
よく登場する思考がある。
はじめ、それをダメとして
「もういいよ~。出て来なくて」
と自分に言って聞かせた。
「もうね。わたしには必要ないの」って。
それでも、癖というか
反射的にそのシナプスが繋がるように
なっちゃってるから
やっぱり、ちょこちょこ顔を出す。
っで、ちょいと待てよ、と。
これにお礼を言ってさよならしようと思って
「今までありがとう。
もう大丈夫だから。
さようなら~」
って、言ってみた。
確かに、その思考が出てきて
気付くまでの時間は
飛躍的に減ったのね。
気付くのに暫く時間がかかってたのに
今では「あっ!」ってすぐ見つけれるようになった。
だから、また、ちょいと待てよ、と。
なんでそんなに出たがるかなぁ~、とね。
なんで?
なんで?
っと。
そしたらね。
ちゃーんときっかけがあるんだよね。
それはね。
そうやって自分を守ってきたからこそ、
なのよね。
そう思うことで
自分の心のバランスを取ってきたから、
なのよ。
まぁ、それが
だんだん本来の自分とは違う方向へ
行ってしまう大元になっちゃうんだけどね。
だって、それは軸が自分じゃないことが
ほとんどだから。
どんどんどんどん
本来の自分から外れていく。
自分の設定や
自分の思考の癖が
眼にフィルターをかけ
耳から入ってくる情報を
自分の都合のいいように解釈する。
善にもなれば
悪にでもなる、ってことさ。
思考の癖ってね、
一瞬の電気信号だから
よっぽど意識しないと
キャッチ出来ないのよ。
一瞬一瞬の思考回路で
自分の意識や行動、言葉、気持ちは
無意識に作られてるのよ。
あっ、わたしは脳科学者でも
心理学者でもないから
学問的なことは深くは分からないけど
自分の思考と向き合ってると
イヤでも気付くから。
自分を守るために作り出した
自分の思考の癖が
その電気信号、いわゆるシナプスが
結局、今の自分の心の状態を作り
行動や発言を作っていることに
イヤでも気付く。
わたしは自分の心が弱かったから
なんとか強くなりたくて
日々、自分の意識と向き合ってたら
自分という人間が
どんな思考の癖があり
どんなふうに自分を生きてるのか
いろいろ見えてきた。
分かってきた。
ようやく
わたしであってわたしでない
このわたしを一つのツールとして
見れるようになったの。
強がるんじゃない。
強く見せるんでもない。
強い心とはどんな心なのか、
自分が体感したい。
その時に自分は何を感じ
何を見るのか、を
この身体で体感したい。
わざわざ修行の旅に出なくても
生活スタイルは何も変えずとも
いつでもどこでも
自分と向き合える。
毎日の生活が修行であり
学びの連続だ、とつくづく思う。
「人は人から学ぶ」というけど
「自分という人間は自分という人間から学ぶ」
のである。とわたしは思ってる。
北九州 八幡
わたし番長@おおはら姿
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<お茶会スケジュール>
7月9日(土)12時~14時
参加費 3,000円
久留米市内カフェ
参加費 3,000円
久留米市内カフェ
7月13日(水) 13時~15時
参加費 3,000円
