自分史レポ③ | わたし番長☆おおはら姿〜世界のままにたなびく風になる〜それが自由だから〜

わたし番長☆おおはら姿〜世界のままにたなびく風になる〜それが自由だから〜

「自分を生きる」をテーマに、旅をしながら気付いたことを徒然なるままに綴っているブログです。一つでもあなたの心がクスっと豊かに、軽やかになることを願っています。

久々の「自分史」~おんぷ


どもっパー おおはらしなですにゃ


自分史①

自分史②


中学校では姉のあとを追いバレー部へ。

体育館の前で10mダッシュみたいのをやっていて

ストップ出来ずに厚さ1cmほどのドアを突き破ってしまったえへへ…

突き破っただけならよかったのに

そのまま引いてしまったもんだから

右手の親指をざっくり切ってしまったの汗

指の神経がほとんど切れてて

「指の感覚が戻らないかも」と先生に、、、

神経切れてるから逆に痛くないのね。

学校のすぐ近くにあった病院に駆け込んだのだけれど

血だらけになった指をぼーぜんと眺める私に看護婦さんの一喝!

「もう中学生なんだから自分で洗いなさい!」

私は皮一枚でつながった自分の親指を自分で洗った。

その光景は今でも鮮明に覚えてる、、、


うわっ、なんか、チョーきもっ 叫び叫び叫び


私、ホラー、苦手なんだったあせる


そんなとんぴんしゃんな私だったけれど

姉の七光りで生徒会の副会長になり、

けっこういろんな事を体験させてもらったおんぷ♪


熊本市内の各中学校の代表の人たちと

北九州市内の代表の人たちとの

交流会の合宿に参加させてもらったり

当時の英語の先生から

「あんた目立ちすぎ」って言われたり、、、

(↑あっ、違うか!)


「おねーちゃんがいるからってなめんなよ!」

って当時の先輩から呼び出されることもときどき、、、

(↑これまた、違うかっ!)


あっ、そうそう!

めっちゃ大きいバッタを肩の上に乗せられて

バッタと目と目が合い

それからバッタが苦手になったのもこの頃

(バッタ好きさん、ごめんなさい)

そんな中学2年生の時にお引越しニコ

おばあちゃんちの横に家を建てたので。


ものすごーくゆるーい中学校に転校したのね。

それまでがチョー厳しい中学校だったから

カルチャーショックを受けたのを覚えてる笑

父親が再婚するまで住んでたところに帰ったから

おばあちゃんが駄菓子屋をやっててくれたお蔭で

保育園時代を覚えてくれていた友達のグループに

すんなり入れてもらえたの。


これまた面白いグループで

遊びに行くよ~って言ったら「山登り」みたいなグループキラキラ


とにかく素朴な人たちばかりで

転校生にも関わらず、ずーっと前からいたみたいに

あっという間に馴染ませてもらっちゃったぺこ


中学校を二つ行ってるから今でもたまに

「あれ?どっちの中学校の時の友達だっけ?」

って分からなくなる時があるんだなぁ~えへへ…


ブログ書いてて同級生に会わないかな、、、なんて思うけれど

なかなか出会わないね~


私の名前が変わった名前だから

けっこう覚えてくれている方が多くて

今となっては名前にも感謝らぶ②


お父さん、ありがとうビックリマークもうこの世にいないけどあせる


FBで検索しても今のところ

同じ漢字の名前の方にお会いしたことがない。


姿子さんは昔、バレー選手にいたけどね。


ちなみにたまに「姿」ではなく「婆」と書かれることもありますチョキ


ざっくり中学生時代まとめ

高校までいくつもりが長くなったからこれで終わり


自分史、、、いつまで続くかな 苦笑


では、またパー