言霊メッセージ♡
インスタストーリーズにて毎日発信してます♡
少しでも元氣になる人が増えますように✨
はじましての方へ✨
太陽🌞のジュリーです✨
こちらの続き💁♀️
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弟と2人暮らしの生活が続いていた中
朝・夕の稽古、遠征、試合と待ったなしで
続いていった。
そんな中でも、
絶対に負けたくない!
と、とにかく毎日を精一杯過ごしてた。
新チームは2年生1人。1年生7人。
1年生中心のメンバー。
そのメンバーで、
春の全国選抜大会への切符をかけ
県予選を迎えた。
ジュリーさんは
この時から大将を任された。
1年生の夏までは次鋒で
先輩たちにタスキを渡す役割だったけど
この時からチームの勝負がかかっていく大役。
プレッシャーは
相当なものになっていった。
1年生中心のチームは、若さ特有の勢いがあり
その勢いのまま県予選で優勝。
全国選抜大会への出場権獲得。
そして春の全国選抜大会で、
なんと準優勝✨
この時の決勝戦は
熊本の白百合学園。
強豪阿蘇高校がいる熊本県の予選会を
勝ち抜いてきた白百合学園はとても強かった。
決勝戦では、大将戦となり、
ジュリーさんが負けた。
“ 私が頑張らなきゃ ”
これをまた自分に課しながら
高校2年生を迎える。
その頃、生活面では
母と末弟( 当時小学校低学年 )が
高千穂に引っ越してきて
弟と2人での生活は終わった。
剣道部の仲間は相変わらずいつも一緒。
厳しい稽古は毎日朝・夕続いたけれど
インターハイに向かって一直線!
この年、インターハイ県予選の
個人戦で優勝し、個人戦では
インターハイへいけることになったけれど
団体戦では、大将戦になり
私が取らないといけないところで
逆転できず準優勝。
インターハイの切符を逃した。
相手は、中学時代に愛知県代表として
全中に出場した時に
1回戦で戦った1つ年上の先輩だった。
春の全国大会で準優勝してからというもの
周りの期待の声が沢山聞こえてきて
それを自分で背負いこんでしまっていた。
大将なんだから、
春にがんばれたんだから、
応援してくださる方々のためにも
高校最後の先輩のためにも
“ 私が頑張らないといけない ”
自分で自分を追い込んでしまい
自分の力が出し切れなかった。
“ わたしのせいで、負けた ”
悔しかったと同時に
先輩に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
それからというもの
今までにも増して稽古に打ち込んだ。
とにかく・・・
“ 圧倒的な努力をするしかない ”
この頃は、自宅生になっていて
朝4時頃起床して、朝練前に走りに行って
そのまま必ず1番に道場に行くようにした。
道場の外でタイヤ打ちをし
鏡の前で模擬刀を振ってから朝練。
必ず面付けは一番にして
一番に先生に稽古をお願いした。
夕稽古が終わったら
高校のOBの先生が開いていた町道場に通い
稽古をお願いした。
その後、自宅に返って自主練をする。
毎朝、先生に提出する剣道日誌は
毎日1ページ書いて提出した。
私は器用なタイプではないと
昔からわかってたから
とにかく何事にも
“ 数をかけ、継続する ”
ここを徹底した。
苦しくて涙が出る時もあったけれど、
絶対に負けたくなかったし
“ 仲間達と日本一になりたかった ”
わたしのせいで負けたんだから
絶対に頑張るんだ!
って、思っていたし
仲間のことを思ったら
へこたれられなかった。
インターハイの個人戦は
ベスト8。
私が負けた選手が優勝した。
それは、1年生の時から鎬を削ってきた
同級生の阿蘇高校の選手だった。
負けたのは、悔しかったけれど
インターハイの県予選で
私のせいで負けた時の方が何倍も悔しかった。
2年生の夏が終わり
国体選手として本国体へ出場させて頂いた。
中学の時、インターハイの県大会で負けた
1つ上の先輩と今度は一緒にチームを
組めて嬉しかった。
余談だけど‥この大会の時
当時大学生だったライオン先生( 神旦那 )も
出場していたのは
勿論この時には知る由もなかった😆
“ 仲間と一緒に日本一になる ”
高校最後の年に向けて
もう一度みんなで頑張ろう❣️
そう誓って、お互いに切磋琢磨しながら、
厳しい稽古を続けていった。
稽古も、錬成会も試合も
沢山経験させていただいた。
そして、高校最後の夏に向けてスタート
することになる。
⑯へ続く‥
HP
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