お花をどうぞ🌸


 
 

 

はじましての方へ✨

 

 

 
太陽🌞のジュリーです✨

 




2月1日

祖母ヨネおばぁが亡くなった。

 







享年101歳。

大往生。





 

・・・大往生だけど、やっぱり

ジュリーさんは、いっぱい涙が溢れたなぁ。

 




今日、無事に納骨まで終わり

ジュリーさんも氣持ちの整理ができたから





おばぁへの、ありがとうを込めて

何回かに渡って綴っていきたい。

 







沖縄で生まれ育った、おばぁ。

子どもを5人産んで

離婚も経験して、波乱万丈の人生を歩んできた。

 





おばぁが生まれ育った時代、沖縄の方々は

計り知れない苦労を

沢山沢山してきたと思う。

 




戦争時代

双子の妹と一緒に船に乗って

逃げ延びた話とかもしてたなぁ・・・。

 






だけど、おばぁからは悲しい話は

あまり聞いたことがない。

 




小さい体(140㎝もないはず)だけど

働き者で、ガッツがあって

離婚してからは

 







自転車に乗って豆腐売りの

行商をしていた時期もあったらしい。

 



とにかく明るくて、ひょうきんで

人前で歌い、踊り

 



よくしゃべって、よく飲んで

タバコも吸って、豪快。

 




世話好きで、おせっかい。

若い時は鹿児島で住み込みで働いていたり





ジュリーさん達が幼い時

愛知県で家政婦さんの仕事を

していた時期もあって





同じ愛知在住だったその頃は

よくおばぁに会いに行ってたけど





長男である兄ばっかり

あからさまに可愛がっていたから

子ども心に嫉妬していた記憶がある。笑

 




ジュリーさんの両親が結婚するきっかけも

おばぁだったらしい。







島に帰ってからも沢山の友達がいて

ユタもやっていたみたいで

家には常に人が来ていたようだった。

 




ユーモアたっぷりで

ガハハガハハとよく笑うおばぁは

どこに言っても人氣者だった。




 

娘の利美子さん(ジュリーさんの母)が

離婚して島に帰った時も

おばぁの人徳があって

 




利美子さんと末弟(当時中学生)も

沢山の人にサポートしてもらえて

随分助けられた。

 




(自然豊かな島の、古いおばぁの家には

たまに料理の中に

蟻が潜んでいる時があったらしく

末弟から泣いてジュリーさんに

電話もあったが・・・笑)

 


 




ジュリーさんが初めて沖縄へ行ったのは

高校時代の九州大会だった。

(右の男前が17歳のジュリー笑。左が2つ下の弟)








その頃はまだ健在だった

おばぁの双子のおばぁにも会えたなぁ。





我が家の2号3号の双子は

全く似てないけど🤣







おばぁ達はよく似てた🤣





カジマヤーっていう97歳のお祝い時には

赤い着物を着て







本当に元氣だった。

(右が利美子さん)








昔の親子写真も見つかった。笑







数年前、誤って転倒し股関節骨折した時も

100歳近いにも関わらず医者から

手術を勧められる体力があって

 

 




手術後、車いすが必須にはなったけど

病氣もせず少し認知症も入っていたけれど

相変わらず元氣なおばぁだった。

 




 

‥②へ続く。

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