はじましての方へ✨
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えっちゃんには、母、兄、弟、私の
4人で会いに行ったんだけれど
母と弟は、えっちゃんを見て
涙を流していた。
それは感情豊かで優しいが故に
だと感じたし、
今までの私だったら
同じように涙を流していたかもしれない。
でも、今年に入ってから
”世界一優しい心の学校”で学びだして
自己対話をノートに書き記し
毎日毎日、地道に続けてきた中で
自分を俯瞰できている自分に気づいた。
今回の涙を見て、私が感じたのは
ガンになり元気のない、えっちゃんは
“可哀そうな人”
という現実を創造して
それを憐れんでの涙ならば
それはなんか違うんじゃないかな・・・?
そんなことを感じた。
勿論、そこに正解、不正解はないから
あくまでジュリーさんが感じたこと。
命と向き合わされることは
”今、ここ”に
”命がある”
”体がある”
からこその尊い時間だと感じる。
だから
”えっちゃんは決して可哀そうな人”
ではないし
”可哀そうな人にしてはいけない”
そう感じた。
宇宙や大いなるものの
視点から見たら、ある意味
究極に尊い命の時間を
過ごしているのではないだろうか・・・?
そう感じている自分がいた。
そして、こういう形にはなったけれど
一人っ子の兄ちゃん(えっちゃんの息子)とも
色々な意味で心の距離が近くなり
私の兄や弟が、兄ちゃんに
今の現状を踏まえて、色々な角度から
親身になって話をしていて
特に、過去長年介護士をしていた経験のある兄や
奥さんのおばあちゃんと一緒に
生活をしていた経験のある弟の話は
今の兄ちゃんには凄く心強かったようで
終始明るく振る舞いながらも
やっぱり心細かったであろう兄ちゃんは
緊張の糸が切れたのか‥。
みんなに見えないキッチンの方へ行き
涙を流していた。
私の兄や弟の声かけも
本当に優しいなぁって
感じたし
それぞれが過去経験した事が
こういう形で温かな循環を起こしている事に
胸が熱くなった。
私は今回、えっちゃんを通じて
感じたことを、これから様々な形で
自分に問い続けていきたいし
腑に落としていきたいと思う。
そして、えっちゃんの命の輝きを
祈り続けていきたい。
えっちゃん、また会いにいくね。
HP
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