
阪口 寿里 です。
私は幼い時から、剣道アスリートの時代が長く、その時代に培われた思考や教えが根強く私の中にあります。
そのおかげでコツコツと土台を作ってこれた部分も多大にあるけれど、
逆に頑固で凝り固まっている思考の部分もあります。
ここ1年で、私の思考も随分と筋肉頭に脂肪がついて柔らかくなってくるようになってきたように思います。
(体も(;゚;┏艸┓;゚;)ブッ・・・)
以前の私は、
「諦める」
という言葉が嫌いでした。
ほら、安西先生も言ってたし・・・

がむしゃらに頑張ることこそが、美徳だと思っていたし
「諦める」って・・・
断念したり、悪い状態を仕方がないと受け入れることだったり
希望や、見込みがないこと、無理なこと
何かをやめる時に使っていたし。
放り出すようなマイナスイメージがありました。
「諦める」=中途半端=悪
とさえ思ってました。
最近、私の中で、色々と考えさせられると言うか、ショックと言うか、緊張の糸が切れると言うか‥‥。
そんな出来事があり、考えさせられました。
その時に、何故か「諦める」って言葉が気になり
調べてみたら‥‥。
「諦める」には
「真理を悟る」という意味があり、
「諦める」の「諦」には
「あきらかにする」「つまびらかにする」
という意味がある。
仏教では、「諦」とは
「真理を観察して明らかにみる」
という意味があり、
「真理を悟る」という意味なのです。
「真理を悟る」という意味があり、
「諦める」の「諦」には
「あきらかにする」「つまびらかにする」
という意味がある。
仏教では、「諦」とは
「真理を観察して明らかにみる」
という意味があり、
「真理を悟る」という意味なのです。
という事を知りました。
あれ!?・・・(º ロ º๑)
なんか、私が思ってとのと違うー‥‥。
真理を観察して明らかにみる。
真理を悟る。
そういう事だったんだぁ・・・。
物事の理(ことわり)をはっきりしたうえで、その理に合わないことを捨て去る。
それが本当の意味の「あきらめ」なのかな・・・。
「こだわりを捨てる」ってことなのか・・・。
より、シンプルな生き方を目指していきたいな・・・。
うーーーん・・・。
答えのよくわからないグレーな日々も・・・。

よきかな・・・。
よきかな・・・♡

※初個展のお知らせです。
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