横浜の夜、Z旗を語る男
横浜の夜、港から吹いてくる風に、潮の香りが混じっていた
この旗見た事ありますか?
その夜、私は彼女のS子さん、友人のTとその奥様の4人で
みなとみらいのダイニングで酒を飲んでいた
<翌日には横浜で女子プロレスの試合観戦。私とS子さんは横浜にお泊りー>
Tは自衛隊の募集に携わっている当然、自衛隊や海軍の歴史には詳しい
特に海上自衛隊の話になると、いつもTが講師役になる
ところが、その日は少し違った海を眺めながら、私はTに声をかけた
「T、そういえばZ旗って、ちゃんと説明できるか?」
Tが笑った
「なんだよ。俺を誰だと思ってるんだ? 自衛隊の募集やってるんだぞ」
「いやいや、今日は俺が聞きたいんだよ」
S子さんが笑う
「珍しいね。いつもTさんにいろいろ教えてもらっているのに」
「今日は違うんだよ」
私はグラスを置いた
「Z旗については、俺のほうが詳しいから」
Tが一瞬、黙った「……本当か?」
「本当!(^_-)-☆」
「じゃあ、言ってみろよ」
私は少し笑った
「まず、Z旗は最初から軍艦の必勝旗だったわけじゃない」
「国際信号旗だろ?」
「そう。そこまでは正解」
私は続けた
「アルファベットのZを表す旗で、海上では旗を組み合わせて
船の状態や意思を伝えていた。
無線通信が今ほど発達していなかった時代には旗は重要な通信手段だった」
Tが頷く
「そこまでは俺も知ってる」
「でもな、Z旗の本来の意味まで知ってるか?」
Tが少し考えたそして私が答える
「国際信号旗としてのZは、一般的には
『私は引き船が欲しい』(ダグボートで押して欲しい)という意味がある。
それに加えて漁船などでは
『投網中なので近づかないでほしい』という意味でも使われる」
Tが目を丸くする
「そこまで覚えてるのか」
「Z旗の歴史を話すなら、そこは大事だろ」
S子さんが笑いながら言った
「今日なんだか楽しそうね」
「だって面白いんだよ」
私はZ旗について話を続けた
「そして、Z旗が日本で特別な意味を持つようになった最大のきっかけが
1905年、明治38年の日本海海戦だ」
Tが口を挟む「東郷平八郎だな」
「そう。連合艦隊司令長官、東郷平八郎」
私は続けた
「旗艦『三笠』にZ旗を掲げた。そして、このZ旗に
『皇国の興廃この一戦にあり、各員いっそう奮励努力せよ』
という意味を持たせた」
奥様が聞いた
「つまり、本来のZ旗の意味とは全く違う意味になったんですね?」
「そうなんです」
私は頷いた
「ここがZ旗の面白いところなんですよもともとは船の通信に使う旗だった。
それが日本海海戦では、乗組員たちに覚悟を促す象徴になった
アルファベットの最後の文字であることから
”もう後がない””この戦いが最後(背水の陣)”
という意味を込めているんだー」
Tが笑った「俺より詳しいじゃないか」
「だから最初からそう言ってるだろ」
4人で笑った
私はさらに続けた
「しかも重要なのは、Z旗そのものに最初から『必勝』という意味があったわけ
ではないということなんだ」
Tが頷く
「そうだな」
「東郷がその場面で特別な意味を与えたことで、Z旗は日本では
『必勝の旗』『決戦の旗』というイメージを持つようになった
そして日本海海戦の勝利によって、その意味が強烈に人々の記憶に残った」
Tは腕を組んだ「なるほどな」
私はさらに一歩踏み込んだ
「だから俺は、Z旗の話って単なる軍事史じゃないと思ってるんだ」
S子さんが私を見る
「じゃあ、何の話なの?」
「象徴の話だよ」
私はグラスを置いた
「同じ一枚の旗でも、時代や場所、そこにいる人たちによって意味が変わる
だから俺は、7つのZを並べてみると面白いと思うんだ」
奥様が聞いた「それってなーに?」
私はニヤリと一つずつ指を折った
「”Z会は、学ぶZ”
”フェアレディZ”は、走るZ”
”マジンガーZは、戦うZ”
”ドラゴンボールZは、成長するZ”
”ニコンZは、写すZ”
”カワサキZは、駆け抜けるZ”
そして――”Z旗は、覚悟するZ”」
一瞬、全員が黙った
Tが吹き出した。
「最後だけ急に深くなったな!」
「でも、面白いだろ?」
「確かに」奥様が言った
「同じZなのに、それぞれ全然違う意味を持ってる」
「そうなんだよ」
そして、私はTに問いかけた
「じゃあ、どうしてこんなにZという文字が使われると思う?」
Tが考える「アルファベットの最後だから?」
「それもあると思う最後の文字だから
『究極』『最終』『到達点』みたいなイメージを持たせやすい
からかも知れないないねッ」
Tは何も言わなかった
S子さんが静かに言った
「そう考えると、Zって不思議ね」
Tがグラスを持った。
「お前……今日は完全に俺が教わる側だな」
「最初からそう言ってるだろ」
「いや、これは認めるしかないだろ」
そしてTが私に言った
「じゃあ最後に聞かせてくれお前にとって、Z旗って何なんだ?」
私は静かに答えた
「俺にとってZ旗は――
『最後まで自分の役割を果たせ』という象徴かなー」
「なるほど」
「自分がその時、その場所で、何をすべきなのか
そして、大切なものを守るために、どこまで『覚悟』を持てるのか
それが俺にとってのZ旗だな」
「じゃあ――7つのZに乾杯するか」
4人でグラスを合わせた
「覚悟するZ!」(水木一郎(みずき いちろう)さん風に!)
横浜の夜に、グラスの音が響いたー
港の向こうには、静かな海そしてその海には、100年以上前から続く歴史が眠っている
Zという一文字は、ただの文字なのかもしれない
けれど、人はそこに夢を描き、技術を託し、物語を生み、そして歴史を刻んできた
私は海を眺めながら、ふと思った
「Zって、もしかすると、人間が『ここから先へ行く』という
思いを託す文字なのかもしれない。」
「確かにそう日本では、Z旗そのものが海軍の伝統や必勝の象徴として
知られるようになった。つまり、旗は布そのものじゃないんだよねー」
奥様が言った
「そう。人間がそこに歴史や記憶を重ねることで、象徴になるんだと思う」
Tが私を見る
「じゃあ、日の丸も同じだと言いたいのか?」
「その通りー日の丸だって、日本を象徴するものとして長い歴史の中で
意味を持つようになった。そして1999年には
『国旗及び国歌に関する法律』
によって、日章旗が正式に国旗と定められた」
「そこまで来ると、完全に俺の専門分野を取られてるな」
「今日は俺が先生だからな」
S子さんが笑う
「珍しく偉そう」
「たまにはいいだろ(笑)でも、ここからが一番大切なんだよ」
3人の視線が私に集まった
「国旗やZ旗のような象徴は、歴史を背負っている。
だからこそ、敬意を持って扱う必要があると思うだけど――」
私は一度言葉を止めた
「その象徴に対して、全員が同じ感情を持たなければならない、ということではない」
「なるほど」
「国旗を大切に思う人もいる。歴史的な背景から複雑な感情を持つ人もいる。
いろんな考え方があっていい」
奥様が静かに言った
「大切なのは、自分と違う考えを持つ人を否定しないこと?」
「俺はそう思う。自分が日の丸を大切に思うなら、その気持ちは大切にすればいい。
でも同時に、他人にも同じ気持ちを強制する必要はない」
「なるほどな。Z旗から、ずいぶん大きな話になったな」
「歴史って、そういうものだろ」
「どういうことよー?」
「過去を知るだけじゃなくて、そこから今を考えるんだよ」
「……正直、今日のZ旗の話は、お前に負けたなー
S子さんが笑う
「今日はあなたが珍しく輝いてるわね」
「珍しくは余計だよ」また4人で笑った
やがて店を出ると、横浜の海が静かに広がっていた
私は港を眺めながらTに最後に一つだけ言った
「なあ、Tー。 俺はZ旗を『勝利の旗』だけだとは思ってないんだ」
「じゃあ、何だと思う?」
「人が一つの目標に向かって、覚悟を共有したことの象徴だと思う」
「そーだなーその意味を知るからこそ、歴史を美化するだけでも、否定するだけでもなく、
ちゃんと知ることが大事なんだと思う」
S子さんが私の隣に立った浜風が吹き抜ける
遠くには港の明かりZ旗はもともとはただの通信旗だった
しかし人がそこに意味を込め、歴史がそこに記憶を重ねた
だから、一枚の旗が人の心を動かす象徴になった
旗は語らないけれど、その旗を見た人が、そこに歴史を感じ、先人の思いを想像し
自分自身の生き方まで考えることがある
それこそが、象徴というものなのかもしれない
そして私は、海を見ながらもう一度、Z旗の意味を心の中で思い返していた
それは今の私たちにとって、戦いの言葉ではない
自分の人生において
何を大切にし、何を守り、何に覚悟を持つのか!
そんな問いとして、今も静かに残っているような気がした













