冬駅二題 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

<一題目>

●石北線・留辺蘂駅*

ーーーーーーーーー<へたくそぎゃらりぃ>

++鉄道カレンダー模写絵:色鉛筆、修正液、水性ゲルボールペン・黒

 

マーなんといいますか、左:キハ40-300、右:キハ183-1550のつもりですが

眠ったような絵ですねー。

キハからの排気のモクモク感、軌道敷の鉄粉とゆーのか、サビ粉のばらまかれた様子も

難しいもんです。

あ、ところで、ご存知の方も多いかと思いますが、留辺蘂町は平成の大合併で平成18(2006)年

北見市の一部となりました。前年の人口は8704人でした。

■旧・留辺蘂町の名物

 1.「果夢林」:世界最大の鳩時計、20m

 2.山の水族館(「イトウ」君在住)

 3.アジア最大のイトムカ水銀鉱山(昭和14年から昭和48年まで操業)がありました。

  *通常「辰砂」を精錬して水銀を取り出すが、本坑は自然水銀の形で採掘

   されていた珍しい例

  *最盛期は、技術者+家族でイトムカ地区に5000人暮らしていた。

  *水銀は火山がないところでは取れません。そー言われると、近くに温根湯温泉が

   在ります。「山は大雪山」でしょう・・・

  4.いろんな意味で曰く付き「常紋トンネル・信号場」・・・日中のご訪問は問題ないと

   思います。私は列車で日没前x1、後x2通りましたが、日没後は夏場でも

   列車内でもす~~となりますね。遊び半分の気持ちで、踏査などはおやめになった方が

   いいと思います。

■ほぼ、半世紀前の石北線主要駅の、駅格はどうだったか?

  画像が悪くてすいません・・・

  無断拝借・・・S38(1963)年7月1日訂補とあります

  現在の主要駅にはがついています。

 当時の優等列車は、急行気動車列車オホーツク、はまなす、大雪と

 循環準急の「旭川」です。

 
 「気動車列車」は、列車番号に「D」がつかず、時刻表中に「気」の印が入るだけの
 ようです。
  準急「旭川」の件:昭和37(1962).4.1ー昭和41.3.5の設定
     旭川ー(宗谷線)-名寄ー(名寄線・現在廃線)-遠軽ー(石北線)ー旭川
 
 さて本論ですが、「絶対えらい駅」がまずあります。・・・上川、北見
 次に配線上絶対止まらなければならなくなった、スイッチバック配線の遠軽駅。
 *ヒコージョーの駅
  女満別:昭和31年から民間空港として開港された・・・S38年の時はあまり人気ないみたい
  美幌:戦前からの海軍「美幌航空部隊」の基地…印付け忘れ/でも3便とも停まっている
 *あとは決め手に欠く、東から、留辺蘂ー生田原ー丸瀬布ー白滝
   この中では鉱山が近くにある留辺蘂、しんりんてつどう(S38.5廃止、店じまい直後で残務整理
   ありか?)を持つ丸瀬布有利か
   ⇒東から優等列車の停車本数を見てみる:3/3-1/3-3/4-3/4
         そのほか、端野(もともと北見のベッドタウンとして発達、平成の合併で北見市と合併)に
    「はまなす」
    上白滝(H28.3.26,利用客減少で用途廃止)に準急・旭川が停車していいた。
    現在の優等列車は当然特急のみで、停車本数は、
    東から、留辺蘂4/4ー生田原4/4ー丸瀬布3/4ー白滝2/4
        ★堅実留辺蘂、出世頭生田原??
 
 ◆では・・・次行ってみたいと思います。
   <二題目>
   ●函館線・奈井江駅
   美唄からの帰路、職場に呼び戻された私は、ローカルで美唄まで戻り・・・すぎて奈井江まで
   行ってしまったと云ふお話
奈井江駅、平成30.3.8のチョンボ
 
MOYAMOYAMOYA
◆番外編:いつぞや、JR北海道さんが石勝線でDMF(Diesel Motor 6気筒エンジン)から
火を噴いたとき以後、新系列気動車、VVVFインバータ車など、最高速度の130km/hr認可区間で
内燃車⇒電気車の順で120lm/hrに引き下げられました。
では、一般形内燃車は「烏賊」ほどの速さで函館線上を走っているかと申しますと
***キハ40-300番台x2が征く
製造当初は「鈍重」のそしりを免れず、戦前製42000i(*)以下との酷評も・・・
220PS/整備重量約40トン、10パーミルの均衡速度が51km/hr(**)とあっては
10系気動車の置き換え用新製車輛の登場!!と期待していた現場の方々は
さぞガッチャリされたでありましょー
主機関はDMF15HSA(連続定格出力220PS/1600rpm),
8気筒予熱燃焼室+、排気タービン過給機(スーパーチャージャー)付き
分社後(昭和62,1987年)ころからN-DMF13HZB、330PS/2000rpm(#)に換装+冷房もついたよ
さらに、2017年度ってもうないけど電気式ディーゼル車を走らせるとか?
(#)rpm:revolutions per minute 毎分回転数
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(*)キハ07型。20m半流3扉車。GMH17,150PS
東京・静岡2連運転で評定速度86.3km#を記録
#東京ー小田原/早川付近、上野ー小金井、羽鳥、本庄
札幌ー滝川/江部乙付近の距離に相当
(**)電車と比べても始まりませんが・・・・近鉄2200の33‰均衡速度は65km/hrでした。
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最高設定速度は100km/hrとか?
写真の計器類は、
H30.3.9.09:47,キハ40-300,2連、岩見沢発滝川行き/925D
奈井江駅の上に簡単な距離が書いたものがあります。
この車、岩見沢09:40始発、滝川10:36終着の各駅停車で、
岩見沢ー峰延を走行中のところです。
平均速度は16.8+10+14.7=41.5km/56分で44.5km/hrです。
ところがうしろから、「カムイ9号が
岩見沢09:55発ー(100.8km/hr)-美唄10:05発ー(35km/hr)-
-砂川10:17発ー(85.2km/hr)-滝川10:22着と,追いかけてきて、
砂川で追い抜かれています。
細かいことは書きませんが、待避線がある「奈井江」でおいこされたのでしょう・
 
奈井江で特急退避する各駅停車は当列車のみで、茶志内奈井江時間は
退避+で8分、退避ーで5分です。
 
他にも、厚別、江別、幌向、岩見沢、光珠内(下りのみ:中待避線に上り出発信号
連動信号がないらしいです。とうしょは、双方向の待避線だったようです)
退避を見つけるコツは一つ手前の駅との間の所要時間がほかの列車と比べて
あまりにも長い場合うたがってみましょー
もーみなさんごぞんじですね!!?
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またまた長々と重箱のすみをつついたなお話にお付き合いくださいましてありがとうございました。
今回は結構疲れました・・・(勝手なこと言うな!!)