出てくるのは、一枚撮りの写真ばかり・・・:昭和51(1976).8.3.「川湯」駅 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

JR北海道さんの生命危篤の報が皆様の元に届いてからやや時間があいて、

「あー、やっぱり・・・」と思う方、

「分社の時、モー少し工夫がなかったんかい?」とお考えの方・・・

 

いろいろご意見もありましょー。

 

私は、例によって「JRつーきん」とゆー、JR北海道さんにお世話になりながら、

そんな重大事とは関係なく、ここのザイセージジョーは、まー、こんなとこだ、と

思いながらため息をつくのでありました。

 

今回は、昔々、国鉄・北海道支社さんが多少なりとも、経営努力?をしていた証拠

(になるかな?)をみつけましたので、ご紹介したいと思います。

 

私の大学時代(昭和50年代、1970年中盤ー1980年ころ)から、すでに、釧路ー網走間の

釧網線の存続について疑問の声が上がるようになっておりました。

そこで、さすがのものぐさの私も、釧網線がなくなってしまっては大変と、昭和51,52

(1976,77)年と2年連続道東方面に出かけて行ったのでありました。

 

いま、改めて、「何か」でてこないか見ましたところ、皆様にお見せできる写真といえば

改名前の「川湯駅」玄関上部構造1/2の写真のみと思います(それも露光がかなり

イー加減であります)。

***<写真>改名前の「川湯駅」、昭和51(1976)年8月3日撮影

 

キャノネットQL17(もちろん一眼なんかぢゃありませんよ!!),

F=8,SS=1/250.ASA=100

####<図>釧網線・北側半分路線図###

当時は当然「世界遺産」などありません。

しかし、温泉、湖沼(西側の湖は屈斜路湖です)、山岳と観光資源は豊富でした。

<参考図書>日本鉄道旅行地図帖①北海道 今尾 恵介 氏監修 新潮ムック 平成20年3月18日

*************

この

・川湯⇒川湯温泉、昭和63(1988)年3月18日、国鉄j時代に改称

・弟子屈⇒摩周、平成2(1990)年11月20日、分社後改称

 

とゆーのは、観光客を誘導しやすくするための改名ですか?

だったら、「川湯ー弟子屈間」の距離は14.5kmしか離れていませんので、一括して

改称したほうが効果が大きいように思いますがいかがなものだったのでしょ?

 

それとも、「弟子屈」のみ改名がずーーっと遅くなったのは、当時まだご存命でありました

「昭和の大横綱・大鵬関」への配慮(弟子屈は大鵬関生誕の地)、

そして2002年の駅名改称は、2001年にロシア共和国・ハリキフ(=ハリキウ、ハリコフ)に

「大鵬記念館」ができたことと関係がありますか?

 

いずれにせよ、ちょっとした昔は、こーいった改名で人の流れを変えようとしてみようとして

いた努力がうかがえるのであります。

 

え?いまもやってるよ?

確かに!!でも今の改称方法は、昭和50年代にはじまった方法を踏襲しただけのもので、

進歩があるといえましょうか?・・・

新しい考え方で乗降客を引き付ける方法が進んで、集客に貢献しそうな期待感が

つけられていましょーか?

 

出てくるのは、一枚撮りの写真ばかり・・・:昭和51(1976).8.3.「川湯」駅   了

 

いつもぼけた文章をお読みくださいまして、ありがとうございます。

実は、こいつは、「40年も同じことをやっておいでになると人心が離れていきますよ」と

いったほどの意味で書きました。どこに?まー、その辺に・・・

細かい解釈は諸賢におまかせ致します。

最後にもう一度、いつもお読みくださいましてありがとうございます。

 

●フロク:途中から駅名に「温泉」がついた駅

「コクテツ」の駅はもともと真面目なので、「温泉駅」を探すのはほとんど不可能でしょう。

あったとしても、あとからつけたか、買収コクテツだと思います。

一例として「あつみ温泉」駅を挙げておきます。

私は、このほかには、道内の廃止になった私鉄駅ですとか、東北の温泉駅しかぱっと

出てきませんでしたが、

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◆羽越線・温海あつみ駅⇒あつみ温泉駅

 ・大正12(1923)年「温海」駅として開業

 ・昭和49(1974)年みどりの窓口設置

  (特急格上げの「日本海」「出羽」と「新潟特急連絡対応策)

 ・昭和52年「あつみ温泉」駅に改称

  ・「温海町」は平成大合併、平成17(2005)年鶴岡市に吸収合併された。

 ☆乗客数(1日平均)

   1431(1965年)-1020(1970)-1975(1036)- - -271(2000)-218(2005)-133(2010)-114(2015)

$$$$$$$$$$$

これらの駅(線区)は

①あとから「温泉」が駅名がついたもの

 ①-1:分社後の元国鉄駅

 ①-2:私鉄が乗客誘致のために行った駅

②初めから駅名に「温泉」がつくもの

 ②-1:JRは分社後の新設駅 ex)函館線・流山駅、平成14(2002)年開設

  <買収国電駅にはどうか?とみてみましたが、ないようでした。

 ②-2:私鉄の場合は、全く「それしかない!!」土地の名前が駅名になったと思われます

    上田温泉電軌⇒上田電鉄「別所温泉」

■また、鉄軌道会社にも「温泉」が入ってくる場合

花巻電鉄鉛線(大正8,1919-昭和44まで社名に「温泉」がはいっていた)

  18.0km,762mm,馬力⇒電気、大正4(1915)-昭和44(1969)年,軌道線

同花巻温泉線,大正14(1925)-昭和47(1972)、8.2km,762mm,開業時から電気運転、鉄道線

☆両線とも昭和16-22年まで仙台・陸軍第二師団から(師団番号が少ないほど由緒があり

中央の会議でも発言力があったとされる、従って仙台師団は近衛師団(のち近衛第1、2

師団)⇒東京・第一師団の次に幅を利かせていました)

「このオクニの一大事(第二次大戦)に「オンセン」などと浮かれとるとは何事!社名から

取ってしまえ!!」といわれ、各々「花巻電氣軌道/電氣鐡道」を名乗りました。

◆終着駅が「***温泉」となっている企業:函館市電「湯の川温泉」

●開業期間中に「温泉」がついていた時期がすこしてもあれば下記に載せてみました

◆北海道

・登別温泉 8.7km,762mm⇒1067mm,馬力⇒蒸気⇒電気、大正4(1915)-昭和8(1933)年

 

 ◎廃線によって消えた温泉駅

  -1)「温泉」あるいは、比較的明確に「温泉」の存在を示す文字が中に入っていた駅

      小金湯(北海道・定山渓鉄道)、手取温泉(石川鉄道・金名線)

  -2)まったくそれらしき雰囲気で「いろどられた」華やかさがない駅

      ないか・・・ヤッパシ

 

  ◎廃線によって消えた温泉鉄・軌道

    塩江温泉鉄道:琴平電鉄に吸収されたのち廃止

    小浜温泉鉄道:長崎です

     庄内電鉄(交通、終点が湯野浜温泉)

    米子電気軌道(終点が皆生温泉)

    伊香保軌道

    草軽電気鉄道

    

   なんといっても、国内最大の温泉鉄道は

   新宿ー小田原ー箱根湯本

   と

   浅草ー下今市ー(もともと下野軌道⇒東武鬼怒川線)-鬼怒川温泉

   でありましょー。

   他の上に掲げました、鉄道部門は、局地的交通エリア内での活躍にとどまり

   戦前、戦後2回のバス攻勢に沈んだもの、戦後の台風で橋脚を失ったもの

   など、廃業に追い詰められたのはいろいろな理由がありそうですが、

   この辺の、ジジョーとどじょーは次回に譲って、こんかいは、この辺でホントニ

   終演です。

 

    カラスのクンセイ 拝