こんなのしかなくてスイマセン・・・上厚内駅跨線橋遠景、1980.7.20 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

写真は友人5-6人と道東旅行へ行った時のものです。

そのうち一人は帯広が実家で、十勝鉄道の見分にはご厄介になりました。

しかし、ほかの仲間の手前、わがままもそこまでで、根室までの道すがら

見える範囲で、駅施設だけを撮りました。

 

たまたま、上厚内の跨線橋が写っていた「だけ」の写真です。

***上厚内駅跨線橋遠景、1980.7.20***

****

歩王様ご指摘のごとく、

・国鉄時代からあるものですし

・何かの転用と思います。

私は、当時のクリーム~薄いベージュの塗具合、脚が円柱であることから

元は「歩道橋」かな?と思いました。

 

まったく同じ時期の時刻表の持ち合わせはありませんが

<昭和57年11月>でのこの区間の優等列車は

 おおぞら3往復

 狩勝   2往復

 まりも  2往復

で昭和47年ころと大きく変わっておらず、43・10では特急が2往復でしたので、

設置はこのあたりかと?

 

ただ、明治からの鉄道省?の財産であったというのは疑わしいと思いますヨ・・・

戦争資材として、こんなイー物はないと思いませんか?

戦争末期にはなくなっていませんでしょーか??

 

昔の写真が出てきたので・・・それも役立たずの・・・

ご報告させていただきました。

 

真剣にお読みくださった方、どうも内容が薄くてスイマセン。

でも、いつものことながら感謝しております。

 

 

上厚内駅跨線橋遠景、1980.7.20  了

 

 カラスのクンセイ 拝