皆様御存知のように、平成28(2016)年12月4日、留萌本線の一部、増毛ー留萌間の営業が
終了いたしました。
●「ツッコミ一線駅」の件
私にとっても,,ちょっと意味ある幕引きでありました。
と、申しますのも、増毛駅は白糠線・北進駅、夕張線(現・石勝線夕張枝線)初代・夕張駅と並び、
昭和50(1975)年頃には「構内配線」が「ツッコミ1線構造」になっておりまして、そのような「シンプル」な配線は、
このころになると、中小の私鉄の終着駅でも、なかなか見られるものではありませんで、独特の雰囲気を
漂わせていました。
(「ツッコミ1線」については、下記の記事にも多少説明があります)。
<号外②>[日高線用軽快気動車キハー556 / 季節風 / 低調ローカル線];小クレーム編1/2
http://hama-sush-jp.pro/teinahoshi/archive9-201507.html
***<図-1>ツッコミ1線と俗に言われる
「片式1線ホーム」側線なし配線
上記3駅以外、軌道線を除けば、
仙台鐡道晩年の「加美中新田カミナカニイダ」駅(昭和35[1960]年廃止)や
路線短縮中の、静岡鉄道・駿遠線の堀野新田駅の晩年[昭和43(1968)年廃止]くらいしか私は知りません。
そーいえば、
弘南線・中央弘前駅、
路線短縮途中で終着駅となっていた、新潟交通・月潟駅もそーかも?(自信なし)
※しかし、現役組以外は昭和30-40年代で姿を消しています。
********:***
元々、増毛は鰊の漁場、夕張は石炭の積み出し駅として設けられたもので、地方支線のターミナル駅としては
立派な方でした。
北進駅は根室本線、白糠駅からほぼ真北へ25km程、「白糠炭田」の新しい鉱脈(上茶路鉱)が見つかり、
まず上茶路駅を設置(昭和39年)、そこからさらに内陸に8km進んだ所に、昭和47年に設けられました
(進捗スピード1年1km平均かよー)。
ここ、北進駅から、将来は、約42km北西の足寄まで路線を伸ばすのが最終目標だったためか、駅仕様は
始めから開き直って、ホームは「板張りだけの最低限度よりわずかに<マシ>のコンクリート橋げた様?で
軽量鉄骨で囲ってあったような??
と申せばよいのでしょうか?、もー記憶のかなたであります。
要は簡易乗降場レベルの中間駅型で、このスタイルのまま、廃線の昭和58(1983)年の最終日を迎えました。
***<写真ー1>北進駅+キハ40単行***
昭和54(1979)年夏休み、日付メモナシ・・・,キャノン自動焦点カメラで撮影
********
乗降客は平均1人/日だったそうですが、果たして足寄までつないでいたらどーなっておりましたことやら・・・
あ、そーでしたね。
北進(昭和58)、初代・夕張駅(昭和60)移動、そして今回増毛駅の(元国鉄の)構内配線が道内から
消えたことで、自分の中で「一つの時代が終わった」ような気がいたしました。
昭和51年は私の大学入学年で、やっとあちこちの鉄道に目を向ける余裕ができつつあった頃だった
ものですから、「おや、こんなおもろい駅がまだあったのか!」と以来上に掲げた3駅は注目してきたため、
時代の区切りがついた・・・と感じたためなのでしょう。
私事はこの辺で・・・
ただ、鉄道には、地域輸送だけ考えますと、大赤字路線でも、もう一つの役目、地域間輸送という
重要な役割があります。
また不用意に、廃止路線を作りますと、盲腸線をつくってしまったり、バイパス路線をつぶして
しまったりということにもなりかねません。
盲腸線をつくった例として「羽幌線廃止」を挙げてみました(今更ネ・・・)。
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羽幌線(141.1km)は、国鉄時代の赤字整理対象路線の一つでありましたが、
名寄本線(138.0km)
池北線(140.0km)-3セク・ちほく高原鉄道、昭和64(1989)年6月ー2005年にバスに再転換
天北線(148.9km):音威子府ー南稚内間鉄道でした。
しかし、同じ区間を宗谷線が127.4kmで結び、
ディーゼル急行ですと、30分ほど宗谷線廻りが時間的に有利でありました。
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と並び「長大4線」とよばれ、
「やめてしまって代替輸送はダイジョビか?」と各線区とも考え抜いた末、
池北線のみ鉄道の存続を選択しました。
***<図ー2>留萌線と羽幌線の関係
地図がわかりづらくてスイマセン
羽幌線は留萌本線・留萌駅ー宗谷本線・幌延駅を結ぶ路線でありましたが
南北縦長でしたので、
左上→右上→下・・・とお読みください
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●羽幌線の隠されていた重要性・・・おおげさ??
◆留萌線と組んで日本海側の交通のネットワークを形成していました
なぜ廃止に追い込まれたのでしょう?
いろいろありましょうが
1)羽幌築別炭鉱閉山、天塩炭鉱閉山による人口減少が一番でしょうか?
特に羽幌町は28500(1970、昭和45年)→13800人(1980)と10年間で48%に落ち込んだ
のが効きましたでしょうか?
2)羽幌線を通しで乗る乗客はいない→まして、函館線・深川/旭川から稚内まで
通し客はいないだろう・・・
A:函館線・旭川ー宗谷線・音威子府ー宗谷線・幌延ー宗谷線・南稚内ー稚内
B:函館線・旭川ー宗谷線・音威子府ー天北線・浜頓別ー宗谷線・南稚内ー稚内
C:函館線・深川ー留萌線・留萌ー羽幌線・羽幌ー宗谷線・幌延ー宗谷線・南稚内ー稚内
などと、北海道の北辺に行けばいくほど人口希薄地帯になるのに、
3ルートもいらないと羽幌線を廃線としました・・・のかな?
結果
深川ー留萌ー増毛という66.8kmのなんともながーい盲腸線?ができました
また、深川・旭川付近から稚内に向かう場合、
上記<宗谷線だけの>Aルートでは深川ー旭川30.2+旭川ー稚内259.4=289,6km
・・・現在、S宗谷は4時間4分で走破表定速度:70.7km/hr
<途中天北線を経由するBルート>は311.1kmとかえって遠回り、時間もかかります。
ところが、羽幌線を間に挟む
<Cルートは>:深川ー留萌50.1+留萌ー羽幌141.1+幌延ー稚内60.2=250.2km
と宗谷線だけで走るよりも40kmほど短いのです。
☆現在深川・滝川方面と稚内地区の自家用車の行き来は、距離が短い元・羽幌線沿線の
日本海側の国道が多用されているようです
ただし、羽幌線は丙線規格ですのであまりスピードは出せません。
■<Cルート>を4時間4分で走ろうとしますと、表定速度62.2km/hr
・・・今の「特急・オホーツク」並のスピードでOKですし、時速も丙線規格内です。
また、札幌ー深川間106.6kmはオホーツクと同じ70分で走るとすると
<札幌ー稚内:250.2+106.6km/4時間4分+70分=356.8km/5時間14分=表定68.1km/hr
◆参考までに、昭和40年代の「急行・はぼろ」は札幌ー幌延間190.0kmを5時間31分で走っていました
表定34.4km/hrーーー◎
<線内停車駅:
(留萌)-小平ー苫前ー羽幌ー築別ー初山別ー遠別ー天塩ー(幌延)、[築別以外は自治体代表駅]>
◎ー今は特急S宗谷・サロベツが4時間10-15分、221.4km/4時間15分=52.1km/hr
□廃線後の羽幌線沿線人口はどうなったでしょうか?
(1985を100とした時の2016年の%・・・☆太字は55%以下になった自治体・両端駅を除く)
1985/2016年人口)
[留萌市57.7(38691/22342)]-小平オビラ町54.5(6012/3277)ー苫前町(56.7)5748/3261ー
-羽幌町(80年から:25.7(28514/7388),'85年から55.4(13254/7338)ー初山別村(45.3)2757/1249ー
-遠別町51.9(5375/2792)ー天塩町52.4(6281/3291)ー[幌延町46.4(5281/2451) ]
□一方現役宗谷線沿線自治体の人口推移は?キョーミのあるところであります・・・
[旭川市94.4%(363631/343393)]-比布町70.5(5457/3845)-和寒町56.1(6335/3552)-剣淵町64.4(5111/3293)-
-士別市64.8(30492/19774)-名寄市68.1(41669/28373)-美深町58.4(7889/4609)-音威子府村38.3(2058/799)-
-#(天塩)中川町50.8(3235/1646)-[上記・幌延町]
#(天塩)中川:自治体名は天塩郡中川町、JR駅は「天塩中川です。道東・十勝管内にも「中川町」が
あることから、本文中では、誤解ないよう「天塩中川」のJR名を所々に使っております。
↓
さていよいよ、旧・羽幌線沿線 VS 現役・宗谷線の過疎のジョーキョーの比較であります。
まず、両線区から
両端駅と:羽幌線は留萌(留萌本線と共用)、幌延(宗谷本線と共用)
宗谷本線は旭川(函館本線と共用)、幌延(羽幌線と共用)
都市代表駅:宗谷本線の士別と名寄のみ
を除きます。
すると残りの自治体は6:6町村に不思議となりました
羽幌線側:小平、苫前、羽幌、初山別村、遠別、天塩
宗谷線側 :比布、和寒、剣淵、美深、音威子府村、中川
人口減少を55%以上と未満に分けます。どーして、ここにカットオフ値をもーけたかとユー
、「ある期間たっても、>過半数の人口が残っているかどうか>=過疎が極端に進んでいない・・・:
の証左になると思ったからです
55%以上残存:羽幌線側 3/6 VS 宗谷線側 2/6
小平オビラの54.5%は四捨五入すれば55%以上に入るぢゃないか?
そーかもしれません?!
それから、この3/6 VS 2/6では勝負がついたとは言えませんね・・・
では、こーしてみましょー。
沿線6町村の1985年合計/2016年合計の比を競わせてみましょう
羽幌線側:21208/39427=53.8%
宗谷線側:17744/30085=59.0%
これなら宗谷線側の勝ちでいいでしょ?納得しない・・・
●それでは羽幌線側/宗谷線側の6町村の合計と%(1985年を100%としました)を
1985-2016年間を5年ごとですけれど追跡してみましょう。
***<図ー3:羽幌線側/宗谷線側の6町村の人口合計と%変化:縦軸ー対数>
◆結論から申しますと、30年間、都市部を除いて人口総数は羽幌線沿線のほうが多かったのです。
失礼ながら私も意外でした。
◆ところが%変化をご覧いただくと、羽幌線沿線のほうが、グラフの傾きが急で、人口の減り方が
早いことがわかります。
羽幌線側の人口減少率が2010年に、宗谷線側の人口減少率の2016年の%値に近づいた時点で、
過疎化の速さは両者に明らかな差がついたと判断いたしました。
☆別に、今になって羽幌線をおとりつぶしになったことを、どーこーゆーつもりはありませんで、
それよりも、北海道は、鉄道をヒッペガス(この言葉通じますか?)と人も引っぺがされるのが
早くなるということを、申し上げたかったのです。
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●フロク:扱いに困ってしまった「札幌ー増毛」間・国鉄未成線の話
「困った」というのは、実はまた字数制限で、次回に続きます・・・
今まで、頑張ってお読みくださってきて方々、ご容赦ください
後半戦は、「予定線に鉄道がはしっていたら」とゆー与太話が中心です。
全滅した三つの「ツッコミ一線」駅・・・北進、初代・夕張、増毛 1/2 了
カラスのクンセイ 拝



