後志管内岩内町、3/1の未明、鋼製の信号兼電線柱4本が折れてしまいました・・・
何でも、観測シジョー初とかユー、3月に入ってからの、最大瞬間フーソク35m/秒!!
この35m/secって実は大変な強さなんですって!!
私は、小学1-3年の時、岩内の隣町、寿都町で、初秋の台風の30m/secという風力を
小学校の体育館の中で経験しましたが、
体育館が揺れるんです!!「イッチニ、イッチニ・・・」って(タイジョーしなさい!!)
それまで、美唄・三笠と山の街での生活しか知らなかった私には、一大かるちゃー・
しょっくでありました。
あ、それで、後から知ったことですけれど、この35m/secという風は、体重60kgクラスの
壮年男性が、地面に爪をたてて踏ん張った四つん這いをひっくり返すプレッシャーだそうです。
で、折れた、電柱の影響で付近の住宅約1200世帯が停電になりました。
ニュースVでは2/29の就寝時は異常はなくて、3/1の起床時には冷蔵庫の電気が
つかなかったといったお宅が映っていました。
「ついてなかったねー、あはは・・・」
ではありませんですよ![]()
この方、仮に6時間冷蔵庫を覗いていなかったとしましょう・・・
そして、まー、停電時間は正味3時間としますか??
岩内の隣町の泊原発の「冷却水をジュンカン・キョーキューしうる」非常電源は、
いつでもスタンバイOKですか?そして、3時間なんか「へとも思わないほど
容量はたーーーーークさんあるのでしょーーーーネ???」
ソーテイガイはもーいいっこなしですよ!!!
実は、今回の春の嵐はソーテー外だったのかもしれませんが・・・
風速35m/secというのは「この時期は初めて」ですが、過去に1度だけ「風速25-40m/sec」
という日が岩内にありました。
ですから、本来は35m/sec程度の風で信号塔が折れているようでは防災準備としては
すでに想定内であったはずでしたので、不合格でありました。
ただ、その強風の日というのが「岩内大火の日」=昭和29(1954)年9月26日=青函連絡船
洞爺丸沈没事件の日でありました。
火災規模は9/26の20:00頃からの失火とみられ、鎮火は翌朝06:00頃と言われており、
この間、台風の風にあおられ被害が拡大した模様であります。
消防隊の放水も、強風で、火事現場にまったく届かなかったばかりか、消防署員も
風に吹き飛ばされるなど、徹夜の消火・救援活動もあまり奏功したとは言えなかった
ようです。
結局、町の8割を焼きつくし(焼失面積32万坪)、焼失戸数3298戸、罹災者16622人、
死者35人(焼死33人、溺死2人)、負傷者551人、行方不明3人だったとか。
戦後の大火としては、地震による出火を除けば鳥取大火、飯田大火に次いで全国3位の
規模だったそうです。
きっと街の復興には、未だに終戦の痛手から100%立ち直っていない乏しい資材を
懸命にかき集めて(岩内の皆さま、表現が不適当であればご指摘ください)あたった
事でしょう。
そんな、努力の結晶に「ちょっと今回想定が甘かったんぢゃないの」とは、とても
いえません。
また今回のこの記事は、「岩内大火」が教訓になっていないというつもりは
さらさらありませんので、被害状況はこの程度の記述にとどめておきますが、
ご興味のおありの方は↓こちらをどーぞ。
Wikipedia「岩内大火」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E5%86%85%E5%A4%A7%E7%81%AB
しかし、今度こそは、いろんな災害で、電力供給さえ絶たれ得る、
或は、高波で、海の流木が発電所本屋壁を突き破る可能性・・・
などなど・・・
考えればきりがありませんが・・・
有益な示唆があったような気がいたします。
再稼働の折には「原発」が「原爆」にならないようお願いいたしますです。
2/29-3/1、道内を奇襲コーゲキした春の嵐はソーテー外、でも2回目からは想定内だよ!!
了
発電所の話になりますと血が騒ぎます。
ショーブンでしょーか?
私情だらけの文章で失礼いたしました。
カラスのクンセイ 拝