”DMV(泥沼にーもがくーウィルス のような乗り物) "・・・(次行くぞ)
ですが、今後のJR北海道の予算使用目的を、
北海道新幹線への予算投入、およびJR北海道の総点検に
重点を置くことになり・・・
昨秋
「DMVの開発、これ以上の資金投入はお預け」=開発中止
とあいなりました。
DMVの開発に長時間要した原因>
今更、皆様お気づきかと思いますので書いてもショーがないと考えていましたが・・・
意外とマスメディアが沈黙しており、じゃ、書くことにいたしました。
メディアが何も言ってこないのは、たぶん、地方自治体に遠慮という奥床しい配慮
・・・とユーことにしたいと思います。
・・・ホントは違いますよ・・・ここにホントのリユーを書くと、私の命もアブナイから
書きませんですけど・・・
最大の原因は、
「DMVはどこでも走ることができる車である。」
と考えたところでしょう。
いや、私日本語へたくそで、上の言い方ですと
「DMVはどこでも走ることができる」
という命題については否定的に受けとられてしまいそうですので、
言い方を変えます。
<開発に長時間要した原因>
①過度の要求(期待)
どこでも走る車でありますが、本当に縦横無尽に走る必要が
あったのでしょうか?・・・とゆー表現に変えます・・・
そうでないとするなら・・・
決まりきったルートだけを走るとするなら、市内電車程度の
低規格の軌道を敷き、軽量車輛を作り、JR線ー新設軌道間を
行き来させたほうがよくはなかったでしょうか?
過去の「京阪60形・びわこ号のような車輛をイメージいただければ
よろしいかと存じます、
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<写真>
営業車としては最晩年の「60形」
鉄道ピクトリアル<特集>京阪電気鉄道、1991.12月号、 Vol 41 No12 通巻 No553
「京阪鉄道 思い出の情景」 pp153 錦織車庫 69-12-31 飯島 巖 氏
60形は天満橋-浜大津間(京阪三条経由)を直通運転するために製造されました。
車体前後に流線型を取り入れ、日本で最初に連接構造を採用しました。
鉄軌道(本線ー京津線)直通運転のために、乗降用扉は高床用と低床用を、集電装置はパンタグラフと
ポールを併設。当時は直通特急に使用され、びわこ号と命名されました
京津線の最急こう配は66.7‰という、立派な山岳路線。一方では京阪間での本線優等列車の
足を引っ張らないようにと、艤装には苦心があったようです。
実際、京阪間72分設定ではいかにも苦しく、後発の急行に追いつかれたという話も残っております。
後日所要77分に改められました
現在も側面には「こわび」銘板(製造当時の右から左に記述する名残)をつけています。
諸元
製造年 昭和3,1928年
定員 112(60)人
大きさ L]21.45m, W]2.336X,H]4.0 (軌間1435mm)
重量 26.42 ton
主電動機 東洋ES-517 72KWx2-X2(MM編成)、歯車比 2.87
kw/ton=10.9kw/ton≒14.8PS/ton
停車駅:「天満橋-三条-三条大橋:本線」「-浜大津:京津線」
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②DMVの意外な落とし穴
軌道外を「バス」と同等として走るのであれば
「大型2種免許・自動車免許保持」の運転手さんがスタッフとして必要
それなら、軌道を敷いて、びわこ号のような車輛を走らせたほうがよかったかも・・・
軌道法を採用するのであれば、交差点内の信号機1回青から赤に変わるうちに
車体がわたりきらなければなりませんので、結構しんどいですね。
編成長が長いと思われる「広島電鉄」で3950形(3連接)の
27.4m,38ton,でした。
なので
もし
もしも!!
また同じような車輛を作るのであれば、
2連接車体
11x2m
普通鋼 30ton
出力、びわこ号のでーたから
14.8x30=444PS→各車両に330PSエンジン1だいずつでどーでしょうーね。
なんせ架線がありませんから・・・
そんなわけで、JR北海道さん次回あっても堅実にいきませんか?
とえらそーなこと言ってみる
皆様、例によってのクーソー寝言話、さいごまでおつきあいくださいまして
ありがとうございます。
カラスのクンセイ 拝