
<図ー1>律令制度下の中央官制
#####################################
822年弘仁13年(嵯峨天皇の14年)
嵯峨天皇:(生)786-842年、(在位)809-823年
#####################################
<摂家せっけ>
オクゲサマのなかでもトリワケ別格なオイエガラ。
鎌倉時代に成立した「五摂家」は、
近衛ー九条ー二条ー一条ー鷹司の順番があったものの、ほかの貴族の方々からも
うらやむべき扱いを受けていました。
江戸期・明治期は、この五摂家から皇室のヨメゴが嫁いでいきましたし、
江戸⇒明治の世になった時、この五家は公爵(爵位の最高位)が与えられました。
******************************************************************************
<図ー2>822年ころの東アジア
#####################################################
・新羅(しらぎ、しんら または シルラ、356-935年、7世紀中盤が最盛期)。
822年お家騒動から国家が3ツの勢力に分裂。
のち高麗コウライに降伏、滅亡。
・高麗(こうらい、新羅と李氏朝鮮の間の王朝、918-1392年)。
契丹(地図上「切ったんか?国」、引き続き「元」に攻め込まれて
首都陥落、一時期元の属国となる。
文化的には、青磁・白磁が有名。また欧州に先んじて活字印刷が
行われていたとの論争も未だつきません。
現代の韓国英名「Korea」のもとになったとされる国。
・渤海(ぼっかい、698-927年、旧・満洲国女真族とはツングース系語族として
まとめられる一族)。契丹に滅ぼされた。
・図中、<渤海>の版図に相当する箇所。「ぼっけえ、きょうてえ~」という
岩井志摩子氏の小説のタイトル<岡山弁で大変恐ろしい>といった意味に
近い感じがでる文字を選んで国名にしてみました。
・契丹(きったん図中「切ったんか?」)5世紀ごろから部族として歴史上に登場.
916年国家統一。「遼」を名乗る。1125年、金(女真族)に滅ぼされるが、
残党が中央アジアに拠って「西遼」が1211年まで続く。
&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&
☆1.「白村江の戦い」とは、東アジア最初のシューダンボーエーケン発動だったか?
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
3世紀頃、朝鮮半島には(新羅・任那みまな[ニンナ]・百済)のもとになる三つの豪族の
集まりが出来上がりつつあり、4世紀になりますと、はっきりと、先の3ツの国家が
成立しました。
この中では任那が諸国連合国家の体裁をとっており、日本への支配下にはいり
政治基盤としては一番弱体、562年の滅びます。
次に滅亡したのは百済(最近は「ヒャクサイ」と発音するのが一般的のヨーデスが?)、
はじめ高句麗に押し込まれ首都陥落、南下し守りを固めますが、さらに「唐・新羅連合軍」に
責め立てられて第二の首都も陥落、さらに南下してしのごうとするものの、
しかしさすがに、ここで我慢しきれず降伏、660年、百済は滅亡します。
おさまらない皇太子、遺臣たちは日本にSOS。
大和証券?・・・大和ハウス??・・・大和朝廷は半島南部の権益をまもるため、中大兄皇子、
斉明天皇をはじめとするオレキレキを軍中枢部として「九州の指令所・大野城他」に送り込もうとし、
一旦、四国の道後温泉付近(=熟田津)で休憩します。
そこで、「今後に暗雲立ち込める如く、斉明天皇が陣没・・・(☆)」
その後、気を取り直して、北九州指令所に到着。
お偉いさんたちはここから対岸の指揮をとっていたのでした。
(下関ー朝鮮半島最南端の「フサン」との直線距離は約200km
北九州州指令所・大野城と白村江の直線距離は約450㎞))
やっぱり、もめた挙句、司令部は九州から動かず・・・
軍船・兵員のみ朝鮮半島に向かい、663年白村江の戦いが起こりましたが・・・
お暇だったら、こちらもご一読(ご一毒?)ください。
↓
☆「熟田津に船乗りせむと・・・」はだれが詠んだか? 2013.5.25
http://hama-sush-jp.pro/teinahoshi/entry-11537704665.html
軍勢、船の総数などは数限りない説がありますが、ここではオーチャクにWikipedia”「白村江の戦い」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%9D%91%E6%B1%9F%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
に従います。
①第1陣:1万人余り。軍船170隻余り。指揮官・安曇比羅夫
②第2陣(主力):2万7千人。450隻余り。指揮官・上毛野君稚子、巨勢神前臣譯語、阿倍比羅夫
③第3陣:1万人余り。170隻余り。指揮官・廬原君臣
しかし、日本側水軍は、唐・新羅連合軍の水陸両用作戦からの、火責めと、地の利と
潮の満ち引きを利用した巧みな挟撃戦術などに翻弄されて損害続出、送った軍船の
1/8ほどの約100隻が帰還したのみの大敗を喫したと伝えられております。
どーやらなすすべなく大敗したよーです。
・・・&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&
☆2.「白村江の敵討ち」といって新羅に攻め込んだ場合、この時代でも
「先制攻撃権」を使ったことになるのか?
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
さてそれから、約180年、今度は新羅にお家騒動が起こり、3つに分裂しているという情報が入りました。
ここは平安京・紫宸殿(宮城の公式行事・国家計画を立案する会議場)、嵯峨天皇陛下を囲んでの
御前会議。
さっそく急進派の阿部飲茶左大臣が、
「いま、白村江の戦いの敵を討つのにはちょうど良い機会と愚考いたしまする。
さっそくにでも軍船、兵庫(武器庫)開きて用意仕れば今の新羅など敵ではございませぬ。」
九条太政大臣「あいや、阿部氏(ウジ)、すでに大和朝廷は白村江で援軍を出した時点で、
瑞西(スイス)・樹眠(ジュネーブ)にある「小臭い聯盟憲章・集団防衛権禁止条例」に
違反しているのでおじゃる。この上また、衰えたりといえども、自国からあの唐を駆逐した
新羅相手では、大変ぢゃろーて。
一旦分裂していた国家でも、敵がせめてくれば再結束した例は過去に数限りなくある・・・」
阿部「いえ、身どもは、美しい大和の国を作るために・・・」
九条「だまらっしゃい!!戦いに赴くはソナタではあるまい!!!
前途ある若者を、過去の因縁から、かたき討ちだけのために徒に(イタズラニ)戦場を作りて、
命運悪ければ落命にもつながるべき外海に赴かんとさせるは、国家の損失、また国家が
下命すべきことにあらず。
そなたは、この特に少子コーレーカのご時世で(コラコラ)に有為たる若者たちを戦場に
送るとはいったいどーゆー了見ぢゃ?
しかも、今回は宣戦布告なしの、先制攻撃権行使じゃ!!
国際戦争法でも禁止されておじゃるぞ(こらこらこら)。今までこれを使った国はアメリカが
アフガニスタンンを攻略するときに1回使ったきりトナ(コラおっさん、なんで、あんたが
知ってんだ??)。
国聯憲章に「お許し事項」として載っていない以上、これは立派な犯罪とマロはおもーてマンネン。
しかも、新羅には、太陽光線を背にすると船体がすきとおって、船影が見えなくなってしまう
新兵器<透けるす>なる新型戦闘軍船もあるときくぞよ。
それに兵站線の距離が長ければそれだけで不利じゃ。
白村江まで新羅の主要港から約50km、北九州から約300㎞。
労力は距離の2乗に比例して大きくなるのぢゃ(だれがシシンデンでスーガクのコーギやれ
ユータんや!!)
だから、新羅の軍事力は(50/300)X(50/300)=0.027すなわち兵員、装備、わが国の約3%あれば
事足りるのぢゃ。
反対に新羅10万の兵員揃えらば、わが国は(300/50)X(300/50)=37.0、37倍=370万の軍勢が
必要じゃ。
阿部「真でござりまするか?」
九条「さよう。帝国軍隊が、ガダルカナルから撤退しなければならなかった真の理由は、たかが
2個師団の兵員、武器、医薬品・食糧を運びうる高速輸送船がかき集められなかったこと、
たとえその船舶が 揃えられたとしても、そのシーレーンを護衛する対空・対潜部隊を集中配備
できなかったことに尽きるでな・・・(退場させるぞ!!)
本来なら、この他に、軍直轄隊として野戦重砲兵5個連隊くらいはオプションで・・・」
中谷兵部省長官「太政大臣閣下。お得意の舌技で何も知らない者を手玉に取ってもらっては
困りますな。
こちらには、一隻だけでありますが、キョーシュー陸揚げ高速帆船「いつも」と、それからとびたてる
戦略「2人乗り」大凧、「こすぷれい」1隊9機が整いましてございます。」
九条「兵部殿、2-3伺ってもよろしいか?」
中谷「何なりと。」
九条「阿部左卿からうかがったことだが、今回の、キョーシュー陸揚げ船「いつも」、ずいぶんと
建造費がかかったと伺っておりますが?それと、大凧の「こすぷれい」ですか?風向き
不安定な日本海の戦いに、連れていくは<特攻隊>ということですかな?
それと、最後に「こすぷれい」の燃料・・・おそらく <燃える水>であろう・・・
どこから入手され申した?」
中谷「それは・・・(価格のことあれほど口止めしておいたのに・・・まったくこれだから)」
九条「お答えがないのは、真実と受け取ってよろしいでしょうな?
それから、両者をつなげて読むと、「いつもコスプレ」とは何か狙いがあってのことですかな?」
嵯峨天皇・稲田右弁官「いつもコスプレ??」
麻生右大臣兼大蔵省長官「九条太政大臣様、手前に発言の機会をお許しいただきたいの
ですが・・・?」
九条「あー、そーでしたね。とにかく、国家予算からどのように使われているか、手前のところに
報告がきていないものですから・・・なるべく詳しくかつ手短にお願いしますよ。」
麻生「そのような器用なこと、私にはできません。」
九条「(チ)では結構です。当事者に伺いましょう。
阿部左卿、そなた、<いつも>と<こすぷれい>の価格を教えてくれましたが、どこの予算枠から
持って行ったかまでは教えてくれませんでしたね?」
阿部「よく覚えていません。」
九条「それはしたり・・・已むをえまい。
では、兵部殿。そなたなら予算がどこから出ていたかご存じでありましょー。」
中谷「は。高村大納言様と、麻生右大臣様に臨時予算を組んでいただきまして、
出していただきました。」
九条「な、なんと!?まことでしょーか?私の耳に入ってこなかったとは・・・
陛下陛下!!陛下の御許にはいかがでございましたか?」
嵯峨天皇「zzzggg・・・あ、いや、なんだって?」
小姓が耳打ち・・・
嵯峨天皇「朕も聞いてないぞよ・・・ただ・・・」
九条「ただ・・・何でございましょう?」
嵯峨天皇「<透けるす>とやらの姿が見えなくなったときの見破る方法を考えた、とかいう話を
兵部卿から聞いた覚えはあったかな?」
中谷「御意にございます。」
九条「と申しますと?」
中谷「<透けるす>現れし時にあらかじめとらえておいた烏賊か、蛸の墨を船体にかけてやれば、
しばらくは、すきとおることなく居場所はわかり申す。」
九条「それであれば、せっかく連れていく<こすぷれい>、<透けるす>と会敵したならば、副操縦士が
上から岩でも落とした方が決着が早く着くではないのかね?」
中谷「いや、これは末節にとらわれて、閣下が今ご指摘のような大局を見失っておりました。」
九条「この際、そのよーなことはどーでもよいことなのじゃ。」
臨時予算を組むのはよいが、わが国では、首班の目の届かぬところで運用されると、そこの省の
独自の臨時予算になってしまうという法律がある(戦前までの法律です)。
特に今回であれば、ことは重大!!兵器、<いつも><こすぷれい>などの武器調達に
あたっては他の省の意見を問わずとも製作できるようになってしまった
(「予算の戦時臨時運用」)。
加えてたちの悪いことには、戦時臨時予算というのは、有事が始まりおわるまでを「1ヵ年と
勘定する」ので(例えば、日本の第二次世界大戦の軍事臨時予算は昭和16.12,8ー20.8.15を
1年と見立てて 計画が作られておりました。
また、他の省庁、各大臣からの予算・決算台帳の閲覧要請を拒否する権限をもっていました。
このように好き放題使われ運用されますと、<戦時臨時予算>など福祉、介護、公共事業費
などが大いに圧迫され、人々のために使われる予算はどんどん少なくなっていくのでした。
九条「ところで阿部卿、麻生卿、高村大納言はそーいった法の運用は知らずに兵部卿から誘われて
、自分達の都合のよくなる部分を突かれて、兵部卿の誘いに乗ってしまったな??
兵部卿、貴殿だけは許すわけには参らん。国家予算の不正流用である。兵部省長官を辞めて
もらうばかりでなく、平安の京からも追放じゃ。」
中谷「太政大臣殿、それはあまりにもカコクではありませぬか?」
九条「何を寝ぼけたことを!!
<福祉の時代、子供の時代、高齢者の時代>と言われて久しいが、そういった法整備が思う
ように進まぬ中、その間隙を縫うように、国庫をすくなからず自分の目的のために使うは
罪軽からず。
しかも確信犯的で、周囲の者を巻き込み、共犯者化させ、いかにも自分一人ではやって
おりませんといった巧緻な悪どい計画性さえ感じられる。
どうじゃ、私の言い分、そー外れてはおるまい?」
中谷「そこまで、お見通しであれば、もー、覚悟を決めるしかないようですな。
お言葉に従います。」
九条「心配するな。わしも、今回の一件、各省庁の監督不行き届きで辞任を考えとった。
兵部殿一人に責を負わせるつもりはござらん。」
嵯峨天皇「待て、九条、ソチのような能吏にやめられると、これから朕らはどーやって
暮らしていけばよいのぢゃ?!」
九条「おお、陛下!!なんともったいのーお言葉!!!でもご安心あれ!!!
私は岸田文雄治部卿が後任にはよろしかろうと存じます。」
嵯峨天皇「なに!!!ABEちゃんではいかんのか?席次では次はABEちゃんではないのか?」
九条「御意。
しかし、彼は、急進的に過ぎますし、人心をつかんでいるとはいいがたいと思われますので。」
嵯峨天皇「そうか、九条がソーユーなら間違いはあるまい。
ところで、九条、どうか、いつの日か、また戻ってきて、仕事をしてくれんかね、待ってるぞ。」
九条「陛下・・・重ね重ね・・・身に余る・・・・お言葉・・・で・・・」
長々とおつきあいいただきましてありがとうございました。
始め戦争ものだけでさらっと行く予定でしたが、ちょっと政治色が出ると、止まらなくなって、くどくなって、
文章が重くつまらなくなってしまいました。
どこかでお聞きになったような人たちが沢山出てきますが、誰一人実在の人物、あるいは、実在の
人物との関係者はいません。
また、物語はフィクションです。
もちろん、お気づきかと思いますが「太政大臣・九条憲政法治」は憲法9条が人になったら?という設定で書きました。
カラスのクンセイ 拝
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822年弘仁13年(嵯峨天皇の14年)
嵯峨天皇:(生)786-842年、(在位)809-823年
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<摂家せっけ>
オクゲサマのなかでもトリワケ別格なオイエガラ。
鎌倉時代に成立した「五摂家」は、
近衛ー九条ー二条ー一条ー鷹司の順番があったものの、ほかの貴族の方々からも
うらやむべき扱いを受けていました。
江戸期・明治期は、この五摂家から皇室のヨメゴが嫁いでいきましたし、
江戸⇒明治の世になった時、この五家は公爵(爵位の最高位)が与えられました。
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<図ー2>822年ころの東アジア
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・新羅(しらぎ、しんら または シルラ、356-935年、7世紀中盤が最盛期)。
822年お家騒動から国家が3ツの勢力に分裂。
のち高麗コウライに降伏、滅亡。
・高麗(こうらい、新羅と李氏朝鮮の間の王朝、918-1392年)。
契丹(地図上「切ったんか?国」、引き続き「元」に攻め込まれて
首都陥落、一時期元の属国となる。
文化的には、青磁・白磁が有名。また欧州に先んじて活字印刷が
行われていたとの論争も未だつきません。
現代の韓国英名「Korea」のもとになったとされる国。
・渤海(ぼっかい、698-927年、旧・満洲国女真族とはツングース系語族として
まとめられる一族)。契丹に滅ぼされた。
・図中、<渤海>の版図に相当する箇所。「ぼっけえ、きょうてえ~」という
岩井志摩子氏の小説のタイトル<岡山弁で大変恐ろしい>といった意味に
近い感じがでる文字を選んで国名にしてみました。
・契丹(きったん図中「切ったんか?」)5世紀ごろから部族として歴史上に登場.
916年国家統一。「遼」を名乗る。1125年、金(女真族)に滅ぼされるが、
残党が中央アジアに拠って「西遼」が1211年まで続く。
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☆1.「白村江の戦い」とは、東アジア最初のシューダンボーエーケン発動だったか?
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3世紀頃、朝鮮半島には(新羅・任那みまな[ニンナ]・百済)のもとになる三つの豪族の
集まりが出来上がりつつあり、4世紀になりますと、はっきりと、先の3ツの国家が
成立しました。
この中では任那が諸国連合国家の体裁をとっており、日本への支配下にはいり
政治基盤としては一番弱体、562年の滅びます。
次に滅亡したのは百済(最近は「ヒャクサイ」と発音するのが一般的のヨーデスが?)、
はじめ高句麗に押し込まれ首都陥落、南下し守りを固めますが、さらに「唐・新羅連合軍」に
責め立てられて第二の首都も陥落、さらに南下してしのごうとするものの、
しかしさすがに、ここで我慢しきれず降伏、660年、百済は滅亡します。
おさまらない皇太子、遺臣たちは日本にSOS。
大和証券?・・・大和ハウス??・・・大和朝廷は半島南部の権益をまもるため、中大兄皇子、
斉明天皇をはじめとするオレキレキを軍中枢部として「九州の指令所・大野城他」に送り込もうとし、
一旦、四国の道後温泉付近(=熟田津)で休憩します。
そこで、「今後に暗雲立ち込める如く、斉明天皇が陣没・・・(☆)」
その後、気を取り直して、北九州指令所に到着。
お偉いさんたちはここから対岸の指揮をとっていたのでした。
(下関ー朝鮮半島最南端の「フサン」との直線距離は約200km
北九州州指令所・大野城と白村江の直線距離は約450㎞))
やっぱり、もめた挙句、司令部は九州から動かず・・・
軍船・兵員のみ朝鮮半島に向かい、663年白村江の戦いが起こりましたが・・・
お暇だったら、こちらもご一読(ご一毒?)ください。
↓
☆「熟田津に船乗りせむと・・・」はだれが詠んだか? 2013.5.25
http://hama-sush-jp.pro/teinahoshi/entry-11537704665.html
軍勢、船の総数などは数限りない説がありますが、ここではオーチャクにWikipedia”「白村江の戦い」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%9D%91%E6%B1%9F%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
に従います。
①第1陣:1万人余り。軍船170隻余り。指揮官・安曇比羅夫
②第2陣(主力):2万7千人。450隻余り。指揮官・上毛野君稚子、巨勢神前臣譯語、阿倍比羅夫
③第3陣:1万人余り。170隻余り。指揮官・廬原君臣
しかし、日本側水軍は、唐・新羅連合軍の水陸両用作戦からの、火責めと、地の利と
潮の満ち引きを利用した巧みな挟撃戦術などに翻弄されて損害続出、送った軍船の
1/8ほどの約100隻が帰還したのみの大敗を喫したと伝えられております。
どーやらなすすべなく大敗したよーです。
・・・&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&
☆2.「白村江の敵討ち」といって新羅に攻め込んだ場合、この時代でも
「先制攻撃権」を使ったことになるのか?
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
さてそれから、約180年、今度は新羅にお家騒動が起こり、3つに分裂しているという情報が入りました。
ここは平安京・紫宸殿(宮城の公式行事・国家計画を立案する会議場)、嵯峨天皇陛下を囲んでの
御前会議。
さっそく急進派の阿部飲茶左大臣が、
「いま、白村江の戦いの敵を討つのにはちょうど良い機会と愚考いたしまする。
さっそくにでも軍船、兵庫(武器庫)開きて用意仕れば今の新羅など敵ではございませぬ。」
九条太政大臣「あいや、阿部氏(ウジ)、すでに大和朝廷は白村江で援軍を出した時点で、
瑞西(スイス)・樹眠(ジュネーブ)にある「小臭い聯盟憲章・集団防衛権禁止条例」に
違反しているのでおじゃる。この上また、衰えたりといえども、自国からあの唐を駆逐した
新羅相手では、大変ぢゃろーて。
一旦分裂していた国家でも、敵がせめてくれば再結束した例は過去に数限りなくある・・・」
阿部「いえ、身どもは、美しい大和の国を作るために・・・」
九条「だまらっしゃい!!戦いに赴くはソナタではあるまい!!!
前途ある若者を、過去の因縁から、かたき討ちだけのために徒に(イタズラニ)戦場を作りて、
命運悪ければ落命にもつながるべき外海に赴かんとさせるは、国家の損失、また国家が
下命すべきことにあらず。
そなたは、この特に少子コーレーカのご時世で(コラコラ)に有為たる若者たちを戦場に
送るとはいったいどーゆー了見ぢゃ?
しかも、今回は宣戦布告なしの、先制攻撃権行使じゃ!!
国際戦争法でも禁止されておじゃるぞ(こらこらこら)。今までこれを使った国はアメリカが
アフガニスタンンを攻略するときに1回使ったきりトナ(コラおっさん、なんで、あんたが
知ってんだ??)。
国聯憲章に「お許し事項」として載っていない以上、これは立派な犯罪とマロはおもーてマンネン。
しかも、新羅には、太陽光線を背にすると船体がすきとおって、船影が見えなくなってしまう
新兵器<透けるす>なる新型戦闘軍船もあるときくぞよ。
それに兵站線の距離が長ければそれだけで不利じゃ。
白村江まで新羅の主要港から約50km、北九州から約300㎞。
労力は距離の2乗に比例して大きくなるのぢゃ(だれがシシンデンでスーガクのコーギやれ
ユータんや!!)
だから、新羅の軍事力は(50/300)X(50/300)=0.027すなわち兵員、装備、わが国の約3%あれば
事足りるのぢゃ。
反対に新羅10万の兵員揃えらば、わが国は(300/50)X(300/50)=37.0、37倍=370万の軍勢が
必要じゃ。
阿部「真でござりまするか?」
九条「さよう。帝国軍隊が、ガダルカナルから撤退しなければならなかった真の理由は、たかが
2個師団の兵員、武器、医薬品・食糧を運びうる高速輸送船がかき集められなかったこと、
たとえその船舶が 揃えられたとしても、そのシーレーンを護衛する対空・対潜部隊を集中配備
できなかったことに尽きるでな・・・(退場させるぞ!!)
本来なら、この他に、軍直轄隊として野戦重砲兵5個連隊くらいはオプションで・・・」
中谷兵部省長官「太政大臣閣下。お得意の舌技で何も知らない者を手玉に取ってもらっては
困りますな。
こちらには、一隻だけでありますが、キョーシュー陸揚げ高速帆船「いつも」と、それからとびたてる
戦略「2人乗り」大凧、「こすぷれい」1隊9機が整いましてございます。」
九条「兵部殿、2-3伺ってもよろしいか?」
中谷「何なりと。」
九条「阿部左卿からうかがったことだが、今回の、キョーシュー陸揚げ船「いつも」、ずいぶんと
建造費がかかったと伺っておりますが?それと、大凧の「こすぷれい」ですか?風向き
不安定な日本海の戦いに、連れていくは<特攻隊>ということですかな?
それと、最後に「こすぷれい」の燃料・・・おそらく <燃える水>であろう・・・
どこから入手され申した?」
中谷「それは・・・(価格のことあれほど口止めしておいたのに・・・まったくこれだから)」
九条「お答えがないのは、真実と受け取ってよろしいでしょうな?
それから、両者をつなげて読むと、「いつもコスプレ」とは何か狙いがあってのことですかな?」
嵯峨天皇・稲田右弁官「いつもコスプレ??」
麻生右大臣兼大蔵省長官「九条太政大臣様、手前に発言の機会をお許しいただきたいの
ですが・・・?」
九条「あー、そーでしたね。とにかく、国家予算からどのように使われているか、手前のところに
報告がきていないものですから・・・なるべく詳しくかつ手短にお願いしますよ。」
麻生「そのような器用なこと、私にはできません。」
九条「(チ)では結構です。当事者に伺いましょう。
阿部左卿、そなた、<いつも>と<こすぷれい>の価格を教えてくれましたが、どこの予算枠から
持って行ったかまでは教えてくれませんでしたね?」
阿部「よく覚えていません。」
九条「それはしたり・・・已むをえまい。
では、兵部殿。そなたなら予算がどこから出ていたかご存じでありましょー。」
中谷「は。高村大納言様と、麻生右大臣様に臨時予算を組んでいただきまして、
出していただきました。」
九条「な、なんと!?まことでしょーか?私の耳に入ってこなかったとは・・・
陛下陛下!!陛下の御許にはいかがでございましたか?」
嵯峨天皇「zzzggg・・・あ、いや、なんだって?」
小姓が耳打ち・・・
嵯峨天皇「朕も聞いてないぞよ・・・ただ・・・」
九条「ただ・・・何でございましょう?」
嵯峨天皇「<透けるす>とやらの姿が見えなくなったときの見破る方法を考えた、とかいう話を
兵部卿から聞いた覚えはあったかな?」
中谷「御意にございます。」
九条「と申しますと?」
中谷「<透けるす>現れし時にあらかじめとらえておいた烏賊か、蛸の墨を船体にかけてやれば、
しばらくは、すきとおることなく居場所はわかり申す。」
九条「それであれば、せっかく連れていく<こすぷれい>、<透けるす>と会敵したならば、副操縦士が
上から岩でも落とした方が決着が早く着くではないのかね?」
中谷「いや、これは末節にとらわれて、閣下が今ご指摘のような大局を見失っておりました。」
九条「この際、そのよーなことはどーでもよいことなのじゃ。」
臨時予算を組むのはよいが、わが国では、首班の目の届かぬところで運用されると、そこの省の
独自の臨時予算になってしまうという法律がある(戦前までの法律です)。
特に今回であれば、ことは重大!!兵器、<いつも><こすぷれい>などの武器調達に
あたっては他の省の意見を問わずとも製作できるようになってしまった
(「予算の戦時臨時運用」)。
加えてたちの悪いことには、戦時臨時予算というのは、有事が始まりおわるまでを「1ヵ年と
勘定する」ので(例えば、日本の第二次世界大戦の軍事臨時予算は昭和16.12,8ー20.8.15を
1年と見立てて 計画が作られておりました。
また、他の省庁、各大臣からの予算・決算台帳の閲覧要請を拒否する権限をもっていました。
このように好き放題使われ運用されますと、<戦時臨時予算>など福祉、介護、公共事業費
などが大いに圧迫され、人々のために使われる予算はどんどん少なくなっていくのでした。
九条「ところで阿部卿、麻生卿、高村大納言はそーいった法の運用は知らずに兵部卿から誘われて
、自分達の都合のよくなる部分を突かれて、兵部卿の誘いに乗ってしまったな??
兵部卿、貴殿だけは許すわけには参らん。国家予算の不正流用である。兵部省長官を辞めて
もらうばかりでなく、平安の京からも追放じゃ。」
中谷「太政大臣殿、それはあまりにもカコクではありませぬか?」
九条「何を寝ぼけたことを!!
<福祉の時代、子供の時代、高齢者の時代>と言われて久しいが、そういった法整備が思う
ように進まぬ中、その間隙を縫うように、国庫をすくなからず自分の目的のために使うは
罪軽からず。
しかも確信犯的で、周囲の者を巻き込み、共犯者化させ、いかにも自分一人ではやって
おりませんといった巧緻な悪どい計画性さえ感じられる。
どうじゃ、私の言い分、そー外れてはおるまい?」
中谷「そこまで、お見通しであれば、もー、覚悟を決めるしかないようですな。
お言葉に従います。」
九条「心配するな。わしも、今回の一件、各省庁の監督不行き届きで辞任を考えとった。
兵部殿一人に責を負わせるつもりはござらん。」
嵯峨天皇「待て、九条、ソチのような能吏にやめられると、これから朕らはどーやって
暮らしていけばよいのぢゃ?!」
九条「おお、陛下!!なんともったいのーお言葉!!!でもご安心あれ!!!
私は岸田文雄治部卿が後任にはよろしかろうと存じます。」
嵯峨天皇「なに!!!ABEちゃんではいかんのか?席次では次はABEちゃんではないのか?」
九条「御意。
しかし、彼は、急進的に過ぎますし、人心をつかんでいるとはいいがたいと思われますので。」
嵯峨天皇「そうか、九条がソーユーなら間違いはあるまい。
ところで、九条、どうか、いつの日か、また戻ってきて、仕事をしてくれんかね、待ってるぞ。」
九条「陛下・・・重ね重ね・・・身に余る・・・・お言葉・・・で・・・」
長々とおつきあいいただきましてありがとうございました。
始め戦争ものだけでさらっと行く予定でしたが、ちょっと政治色が出ると、止まらなくなって、くどくなって、
文章が重くつまらなくなってしまいました。
どこかでお聞きになったような人たちが沢山出てきますが、誰一人実在の人物、あるいは、実在の
人物との関係者はいません。
また、物語はフィクションです。
もちろん、お気づきかと思いますが「太政大臣・九条憲政法治」は憲法9条が人になったら?という設定で書きました。
カラスのクンセイ 拝