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「羊蹄」倶知安を発車いたします。
次は比羅夫に停まります。
ここで皆様にお知らせ並びにお願いがございます。
まず、お知らせの方からまいりましょう。
*一つ目:従来より後志から内陸を通って胆振に至る地区は乳製品作りに定評がありました。
しかし、最近これに、パン工房が加わることによって、その乳製品製造が一気に加速。
その中から、特にチーズ工房を独立させたり、新たに工房を立ち上げたりする動きが
活発になりました。
そこで、今回、そういった新旧の工房さんに当列車のダイニングに御登壇いただき、
お客様に北海道の恵み、乳製品の発展の一端でも味わっていただくことができればと
小さいながらも品評会を考えました。
2002年ころから、オーストラリアの方々が、南半球の避暑に後志のスキー場、
ペンションをご希望で当地の冬場においでになるようになりました。
統計を始めた2002年には 4400人でしたが、翌年は2万人、以後1-2万人単位で
増えており、その方々の食生活の需要とは無関係ではないと思われます。
当列車で、皆さまに召し上がっていただく製品は、そんな広い地域のものではなく、
倶知安から長万部までのこの列車が走ります沿線自治体の製品を主としております。
チーズの、イワユル、つまみ食い大会でございます。
エントリの御希望は多数の工房さんからありましたが、スペース上、倶知安2、ニセコ2、
蘭越1、黒松内1、岩内1、計7工房からの出店という形で涙をのみました。
他の工房さん、折角の御意志無駄になってしまい、この場を借りてオワビ申しあげます。
倶知安から約30分を1・2号車のお客様、以後長万部まで残り約30分ございますので
3・4号車のお客様、2組に分かれ、それぞれ3号車、進行方向、前の方にお越しください。
7工房分のチーズをカウンター上に並べておきます。
また、投票用紙がありますのでお気に入りの二品をお書きください。
皆さまの得票数1,2位に選ばれたチーズをお書きになった方の中から、抽選で5名の
お客様に後日、得票数1位と2位の工房から1ポンドずつチーズが届きます。
当選は商品の発送をもって代えさせて頂きますが、チーズのご自宅への配送は本日より
7-10日後となる予定でございます。
*お知らせの二つ目です。
チーズ品評会の間、食事時間が中断されますので、ご希望の方、2時間30分まで
お食事が可能となります。
大体、14:53の八雲到着までの約30分、お食事時間を延長させていただきます。
*次にお願いがございます。まずは一つ目。
比羅夫、ニセコ、昆布、蘭越までのキップをお持ちのお客様。ニセコ温泉郷は
どこの駅からでもおいでになれますので、どこで降りられても結構でございます。
事前に、こちらからのおしらせが充分でなかったこと、おわび申し上げます。
たとえば、比羅夫までのキップで蘭越までお越しいただいても乗り越にはなりません。
ただ、昆布温泉、そして引き続き岩内・盃・雷電温泉方面におこしのかたは、昆布駅で
のみ下車頂きませんと昆布温泉以遠の温泉郷がご利用になれません。
ご注意ください。
*二つ目のお願いです。ご連絡はこれでおしまいです。
只今申し上げた4つの駅でお降りくださるお客様、御面倒でも3号車より下車をお願い
申し上げます。
お降りの際、お好きなチーズを2種お選びいただきお持ちください。
間もなく、比羅夫。お出口、左側。駅舎が民宿となっております。
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<引き続き>
乗務員、(札幌から)長万部まで
運転士:秋田谷、苗穂運転所[札ナホ]
車掌:厚谷、蠣崎、札幌車掌所
3号車アテンダント:南部、札幌車掌所
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% MENU %[詳細]%前回線区「小樽ー倶知安」栄光区間1/3ご覧ください]%%%%%
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・グラン・アントレ
・本日のスープ アスパラ・ポタージュ
・アントレ
・肉料理 または 魚料理
羊のスペアリブ / 本日の活魚、活貝グリル
・黒松内のパン工房から
・[コーヒー/紅茶 と 小菓子]/「プレミアム・ソフトクリーム」
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<図ー19 山線最後にして最大のクライマックス!上目名峠付近の時刻表>
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次はニセコに停まります。お出口左側です。
ニセコでは下り列車との行き違いのため、3分ほど停車いたします。
ところで、比羅夫はもともと、対向2面2線の構内配線でした。
交換設備撤去は昭和60(1985)年であります(・・・しまったなー、この年、この辺
来てたんだけどなーノーマークだったもなー)。
駅舎は、となりのニセコ駅とどことなく似ています。
一方、ニセコ駅は同じ山小屋風ですが、改築が昭和40(1965)年に行われたこと、
時計塔風の中央柱を持つことで近代的に見え、駅構造に花の飾るところがいたる所に
ありますが、たとえそれらが満開に咲き誇ったとしても、一向に華美にはならないよう
配慮されています。
トータルバランスの点で全く古さを感じさせません。
設計者のセンスが光ります。
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<図ー20 ニセコ駅>昭和56(1981).9.8 撮影
昭和40年生まれの素敵な駅は、いつまでも歳をとりません。
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ニセコ駅の構内配線は、駅舎側の片式1線ホームと、それに跨線橋とで結ばれている
島式2線ホームがあり、先の片式1線と対向する1線が上下本線。
島式外側線は下り方面からのみ進入可能で当駅止まりの上り列車専用です。
また、平成2(1990)年、C62の復活運転開始にあたって、根室本線・狩勝峠の釧路側の
要衝・新得機関区の転車台を移設。「C62-ニセコ号」運転終了時の平成7年まで
使用されましたが、現在も放置されたままです。
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駅名についてですが、昭和43(1963)年町名を狩太町から、元々の一帯で使われていた地名、
ニセコ町に改称したときに合わせて、駅名も同様に「ニセコ」としました。
国鉄で初めてのカタカナ駅の誕生でありました。
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<図ー14’’ 上目名付近峠付近>
。
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次は昆布に停まります。お出口左側。
昭和61(1986)年、対向式2線+本線間中線から、現在の片式1線になりました。
ニセコ温泉郷他、昆布温泉においでの方、温泉の送迎車がお待ちです。
また昆布温泉より遠く、岩内経由で雷電温泉、盃温泉ご利用の方もお使いになれますので
御乗車下さい。
昆布温泉にて、雷電、盃温泉の送迎車も予約制で出ております。
蘭越にとまります。お出口左側、ニセコ温泉郷への函館本線南側最後の連絡駅で
ございます。
函館線を小樽方から南下しますと、倶知安の30km過ぎ付近から、次第に山線最後の
急勾配にさしかかります。蘭越駅はそんな急勾配が始まる駅です。
上り列車は「倶知安峠」を下ってくると、標高が30mと付近では一番低い「蘭越」で
"気合を入れ直す”かのようにしてまた上目名峠にアタックするのです。
ここから寿都行き直通バスが出ていたことがありました。
(私が寿都町に住んでいたころです)。
しかし、現在は、蘭越駅から日本海が見えるところまで直進いたしますと、
国道229号との突きあたり、「港町」停留所で、そこを行き来します、
岩内・寿都間バスに全便乗り換えとなりました。
また蘭越駅は、だいぶ後から跨線橋ができました(私が寿都を離れてから)。
次の目名駅は停まりませんが、合理化でいったん昭和61(1986)年、交換設備は
撤去されました。
ところが平成12(2000)年、有珠岳が爆発、室蘭線が不通になりました。
そのとき、片式ホームそのままに、機廻し線のごとく行き違い線を敷設
しました。
しかしながら、何といっても、海線と比較して、ほとんど複線 VS 単線、設計速度
120-130km/hr(当時) VS 95km/hrと函館本線は線路容量は小さいため、一か所くらい
信号所のような設備を作っても、物流の改善にさしたる貢献がなされるはずもなく、
線路容量の小ささはいかんともしがたく、函館には滞納貨物が相当数残ったようです。
そして、以前は、この次の、上目名駅は、上目名峠に到達する北側(小樽側)の途中に
ありました。上目名地区のホントーの最高点は「蘭越町ー黒松内町の境界線上にあって、
函館線はトンネルで抜けております。
その上目名峠ですが、平均斜度20、最高斜度22.3、換算斜度(曲線半径の転がり抵抗の
増加分を加味=それら”走行抵抗”の増加で落ちる速度を、斜度の増加分に換算⇒本来の
最高斜度に足し算、仮想の登り坂を作ります)25‰の上目名峠が出来上がりです。
上目名駅はトンネルのやや北側(小樽側)にあります。この付近の駅はすべて鉄道開通と同時の
明治期にできた駅ですが、同駅のみは大正2(1913)年、峠のネックを解消するため開設されました。
戦後は熱郛と上目名駅との間に北海道鉄道総局と青函局の境界線があったためか、昭和30年代まで
電報取扱い駅で、再三ご紹介のローカル準急の終着駅でもありました。
そしてC62ブームがやってきます。
目名から上目名、或いは峠に差し掛かるトンネルギリギリまでの列車が被写体に
なりました。
1965年ころからでしょうか?1971(昭和46)年、あるいは1972年のお別れ運転まで、全国の
撮り鉄さん、SLフリークさんたちが「この地区のハドソン機」に熱狂しましたのは。
特に除煙板にブリキを切り抜いたツバメマークの入った、スワロー・エンジェル(C62 2)に
注目が集まりました。
巨人機重連の "峠の攻め" に全国のファンの方々は、興奮して、カンドーして、そして
それぞれの余韻と想いを抱きしめ、大地をふみしめてお帰りになったことと思います。
もー、40年もたってしまいました。
そしてこのC62たちを貰い受けた「セノハチ」からC62/D52がきえて2016年で60年となります。
さて、まもなく黒松内に停まります。お出口左側でございます。
黒松内は平成19(2007)年から無人駅となってしまいましたが、かつては上目名峠の南の番人でありました。
構内配線は現在は対向2面2線でありますが、昭和43(1968)年、寿都鉄道が一応株主総会で、企業廃止を
申し出るまでは、西側のホームは島式で、一番端が寿鉄専用でした。
黒松内駅は、明治36(1903)年、初代北海道鉄道の、1つ小樽寄りの「熱郛」までの開通時、途中駅として開設
されました。
機関庫は、終点の熱郛ではなく当駅に設置。当時は熱郛村、黒松内村別な自治体でしたが、
村の面積が、黒松内の方が2倍あり道路を拡幅しやすいことや、駅周囲の平野部の広さが
勝っていることから、物資の集積、人の流れを誘導するのには有利であると考えられたため、
機関庫は当駅設置に決定したかと思われます。
しかし、上目名峠の南側の補機の基地としての天下はそう長くは続かず、昭和3年、室蘭本線の
全通により、機関庫が長万部に移動、黒松内の機関庫は支区に格下げ、機関車1台のみ常駐の
基地?になってしまい、それも昭和40年代になるといつしか消え去りました。
また追い討ちをかけるように、機関庫が長万部に移るとすぐ、すべて停車して補機をつけていた急行、
重貨物列車は停まる必要がなくなり、全便通過するようになりました。
黒松内は鉄道の町の使命を終えたのです。
こういった、峠越えの駅には、ふさわしい駅土産というものが、全国に見られます。
黒松内でも<わかさいも>が売られておりました。
当然、峠越えの準備の合間には、発車までの時間があくわけで、寿都ご出身の
「若狭函寿(はこす)氏」が、インゲン、てぼう豆ほかいもを一切使わずして、外見が
小型の石焼きいも風の菓子を大正12(1923)年から黒松内構内での販売を始め、好評を
博しました。
ところが、昭和3(1928)年急行の、メイン・ルートが変わったところで売上が激減。
昭和5年洞爺温泉地区に移転。現在に至っております。
もう無くなってしまいましたので、お見せすることもできませんが、長万部機関区の大きさを
想い起こすに付け、黒松内に機関区があっても、狭隘さに結局どこか移転してしまって
いたような気がいたします。
黒松内温泉にお越しの方、駅前に送迎バスを予約しておきました。
お土産のチーズをお忘れにならないようお降りくださいませ。
次は二股に停まります。待合室は貨車「ワラ1形」有蓋車の改造です。
降り口は右側です。
昭和61(1981)年無人化と交換設備撤去。
昭和62年駅舎解体、現在の貨車改造型待合室のみとなりました。
「二股温泉」は平成12(2000)年に建て直しました。
「ラヂウム温泉」を名乗っていますが、温泉法に基づく分類では放射能濃度が基準に達しておらず、
放射能泉ではないとのことです。
また「ミドコロ」として、世界に2つしかない石灰華ドームがあります。
駅前から、御予約の方、送迎バスがお待ちしております。
二股でございます。チーズをおわすれなきよう・・・
次はいよいよ山線の終わり、長万部でございます。
道民のイメージは「カニのまち」「鉄道のまち」であります。
長万部にはもともと北海道を代表する名門機関区がありましたが、国鉄合理化の
影響を受けていつの間にか消滅してしまいました。
たくさんありました、構内側線もすっかりっさびしくなりました。
長万部の衰退は
昭和59(1984)年、貨物取り扱い廃止、
そして翌年の昭和60年五稜郭貨車区長万部支区と、長万部機関区が統合し長万部運転区設置
から始まりました。
引き続き、平成2(1990)年運転区が運転所に縮小、
さらに、平成5年その運転所が函館運転所に統合され、結局、元の機関区関連の建物はなくなって
しまいました。
この間昭和62(1987)年、駅舎改築など明るい話題もありましたが
やはり、駅の規模としては昭和62年前後民営化に向けて、合理化、スリム化に向かっており
驀進しておりました。
長万部駅の構内配線は島式4面の堂々たるつくりで、それぞれのホーム間の移動は跨線橋で行ないます。
- 当列車は1番線に到着いたします。お出口左側。
当駅から、しばらくの間、途中下車のお客様へのお土産は、
毛カニほぐし身、毛カニ足、タラバ足、2貫ずつのにぎりでございます。
甲殻類いたむのがはようございます、可能であれば6時間以内(20-21時頃まで)、遅くとも、
絶対本日中にお召し上がりください。
当列車、「室蘭廻り・たるまえ号」と同時到着14:24ですので、皆様の向かって左手ご覧になりますと、
この車体と同じ列車が近づいてくるのがご覧いただけるかと存じます。
間もなく長万部でございます。
1番線到着、お出口左側。
函館に向けて連結作業のため8分間停車いたしまして14:32に発車となります。
作業中お車のゆれにご注意ください。
長万部温泉ご利用の方、駅前からバスが出ております。
なお、最後になってしまいましたが、山線のなかでも、勾配がきつい
倶知安ー長万部間の優等列車の悪戦苦闘の歴史を、
連結作業の時間を利用して少しご紹介したいと思います。
倶知安ー長万部の所要時間は下記のように変わってきております。
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<図ー21>倶知安ー長万部間所要時間
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●サンロクトオ(1961)改正では
蒸機急行「まりも」は1時間33分1961(C62x2)※
●ヨンサントオ(1968)
ディーゼル急行宗谷は1時間26分
●1974年
ディーゼル特急北海1時間21分(キハ82系)
●1977年
急客ニセコ1時間40分[DD51x2]
◆2014.10道内時刻表(交通新聞社)
最速各駅停車1時間37分(2948D)
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それから皆様、現在の各駅停車列車で、この山がちな倶知安ー長万部間をちょっと前の
機関車牽引急行列車とほぼ同じ所要時間で走り抜ける列車もあリます。
最近のディーゼル機関のパワーには目を見張るものがあります。
チョット大げさな表現を使いますと、一昔前のディーゼル優等列車の所要時間にかなり接近しました。
(実はこのほかに1時間50分ほどかかる列車もあります)。
おそらく、起動加速度と登り勾配での加速度が電車並みに近づいた結果ではないかではないかと
思われます。
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私達の乗務はここ長万部で終了でございます
不慣れな点、失礼な点ありましたことご容赦ください。
これからの皆様の旅がよきたびでありますよう、祈っております。
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JR北街道のヤボー:山線最終区間、C62の夢の跡と黒松内機関区、ついでにわかさいもを偲ぶ:2/2
了

