蝗(こうがい)害 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

「蝗害」と申しますと、いなごクンは言うに及ばず、ばったクンなどがシューダンとなって、ドコゾより
空が「真っ暗」になるほどに飛来、秋の農作物の実りをてんでに<タラフク>食い散らかし、収量に
大打撃を与える災害を(やっぱり天災かなー?)申すよーです。

私たちはきょーどの歴史とか称しまして、小学5年生でばったクンたちのアクギョーザンマイを
習ったのです


蝦夷地改め北海道とかとなりまして、まだ日も浅きし明治8(1875)年9月、
北海道の太平洋岸を台風が直撃、十勝管内(帯広市周囲)は樹木が大量に倒木し流失、
ばったクン
の育成には天国のような大平原が出現しました。しかも、イネ・ヨシなどイネ科植物の
一大食品庫つきです。
加えて、その後、数年間は温暖な気候が続き、彼らの繁殖にはこれ以上ないという環境が整いました。

明治12(1879)年、とのさまばったクン多いんでないかい?といった人もいたようですが、おおむね
スルーされましたようで、翌明治13年8月、十勝地方で発生したばったクンたちの大群は、
日高山脈を越えて勇払郡(苫小牧市東となり)まで遠征、高射砲の目をかいくぐ・・・
(それは前回までの話でしょ!!)

別働隊?は空知(函館線:岩見沢ー滝川付近)、後志(函館線・山線:小樽ー倶知安付近)、
胆振線+室蘭線(倶知安ー伊達紋別ー虻田付近)[鉄道線は当時まだ未成部分もあります]に進出、
陸軍は大砲で追い払う始末(こちらは本当の話です)。

しかし、ばったクンたちもそう簡単には後へは引かず、入植者の家の障子紙まで食いまくって退散。
道南地方に甚大なる被害を及ぼしました
ばったクンたちは翌年明治14年にも大発生、現在の大沼駅付近まで進出(当時の地名は
軍川:いくさがわ)。全道で駆除・捕獲したばったクンはこの年360億匹だったとか・・・

長いこと続いた、北海道のばったクン天国でしたが、明治17(1884)年9月の長雨があり
明治18年にはさしたる数の発生はありませんでした。

長雨による繁殖の失敗、その後の死滅、卵の流失、地元住民の卵の地中深くへの埋め戻しの
努力が実ったと伝えられております。
それにしても、爆発的発生のきっかけが台風で雨が関係しているでしょうし、終息も雨が引き金とは
皮肉なことです。

最近では
①沖縄本島東側の大東諸島のとのさまばったクンの蝗害、昭和46-49(1971-1974)年。
②鹿児島県馬毛島でとのさまばったクン3000万の発生
昭和61-62(1986-1987)年。
③まれな例として関空第二期空港島でのとのさまばったクンの大量発生(平成19[2007]年)ですが、
きっかけが
天敵のいない孤立した島のためと考えられています

☆残念ながら、北海道・十勝地方の明治17(1884)年の降水量のデータはありません。
☆①-③は、何か気候の関与はないのでしょうか?
■まず沖縄の話です。



蝗害が終了した翌年の降水量が多いです。
北海道の場合と違いますね?


■■では鹿児島の場合はどーでしょー??

蝗害が終了した年の降水量が多いです。
これも北海道の場合と違いますね?
そして、沖縄の場合とも違います。


雨との因果関係はないのでしょーか?
単純にケースバイケースなのでしょうか??

私はしつこい性格なので、もう少し細かく見ていきたいと思います。
(いやなやつだねェ~・・・)


●●●沖縄と鹿児島の蝗害があった前後約10年の月別降水量の比較

月別で降水量を見ていきますと・・・何か出てきました・・・といってもモーソー・・・想像ですが?!

<沖縄の場合>

「降水量が10年間で一番多かった1975年は、その年の4-8月と10月の降水量が他の年度よりも多く
ばったクンたちが成熟せず、個体数を増やしたり、子孫を残しえなかった。」
だから、蝗害は1974年で終了した。
成虫になるのは6,9月。したがって産卵期は①6-7月と②9-10月で、この間雨が多すぎても
少なすぎてもダメなんだそーです。





<鹿児島の場合>月別で降水量を見ていきますと・・・10年間で2番目に降水量が多い
1987年は、他年度に比べ、7,10月とも雨が「多すぎて」沖縄のところで書きましたように
生育条件としては不良。
従って繁殖は1987年で止まったと考えるのが妥当でしょう。

◇ここまでをまとめますと、
 ☆トノサマバッタくんが成虫になるのは6,9月。
   したがって産卵期は①6-7月と②9-10月で、この間雨が多すぎても
少なすぎてもダメ。
 ☆沖縄は1975年の4-8月と10月降雨量が多く、この年度はおそらく、トノサマバッタくんの
   繁殖は不可。蝗害は前年の1975年で終了しました。
 ☆鹿児島は 
1987年は、他年度に比べ、7,10月とも雨が「多すぎて」生育条件としては不良
   従って繁殖は1987年で止まったと考えました。

●ぢゃ、関空の場合は?


2008年の4-6月を見てみると過去6年間で2番目に雨量が多いため(年間比較では第4位)、
勿論、天下の国際空港ですからいろいろな努力、工夫があってこその数字かと思いますが、
2007年の1年のみでばったクンの増殖をとどめてくれたのは、雨の力も大きかったように
思いますが?

いろいろ例をお示しして、蝗害と雨との関係を「センデン」してまいりましたが、私、開拓史病
でしょうか?

ところで、どーしてこんな記事を皆様に書くことになったかということを忘れかけていましたが、
いまやっとおもいだしてきました


私、札幌の西郊に住んでおりまして、そこから、旭川方面に向かって約70kmほど参りました
「美唄」にJR通勤しております。

今年、秋、札幌地方の赤とんぼ(アキアカネ)はあらわれたと思ったらすぐいなくなりました。
美唄では、みておりません。
私は虫が飛んだりする風景と申しますか、風情が好きなので見逃してはいないと思うのです。

ヒョットシテ、これは今年いっぱい豪雨の日々が多くてトンボ君も育たなかったせいか?と
ゆううつであります。

皆様の地域や街ではいかがでしたでしょうか?



最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

「蝗(こうがい)害」   了