
大雪5号網走行 昭和52(1977)年2月、女満別ー呼人間
編成は
ニ・ユニ・ハネx3・ロハネ[10-500]・G[54-500]・指ハ・自ハ・自ハ・自ハ
としているものが多いのですが(当時の道内版時刻表[交通新聞社]、Rail Art様他多数),
ちょうど上の絵では[ユニとハネx3]が欠車になっており、「ハネ」のオーダーが半車分(隣のロハネ)で
ことたりたのか?・・・と少しさびしくなります。
この後、北海道の夜行列車は、
●急行から特急に格上げされたり(宗谷線、急行→特急利尻)、石勝線(急行→特急まりも)、
石北線(急行→特急オホーツク)、
●編成中2輌(最晩年は1輌)のスハネを連結していた、札幌(小樽)-釧路間の「夜行普通
列車<からまつ>」など、細々ながら営業は続きます。
上にあげた中では、まず「からまつ」が閉店、しばらくして、3線の優等夜行列車もなくなりました。
ずーーーーっと「ほそぼそ」状態は続いていたのは事実ですが、真夏、盆、GW、年末年始は
そこそこ需要があったと思います。
かつての、「ミッドナイト」のように2-3連のディーゼルカー運転であれば、それほど経費も
かからなかったのに、とおしまれます。
え?それ以外のシーズンは遊休車になるんぢゃないかって??
お座敷列車の端っ子につけたり、「ふらのラベンダーExp」「ニセコExp」の真中につけて、
サロンカーにすれば、目立たないし、運用上、座席の格差もなく角は立たなかったと思いますけれどね。
今回も、「れば、たら」の不謹慎な話題にお付き合いくださいましてありがとうございました。
かえって、暑苦しくなっちゃいましたね。
では、そーいった方は次の話で・・・
全盛期を少し越えたころ? 大雪5号(旧・準急石北 517レ)、避暑になりますか? 了