林業王国の一角崩壊す:相生線最終日・津別、昭和60(1985)年3月31日、出てきた写真② | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
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☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

本コワ・・・本稿は先日ごらんいただきました、「呉線のC62」とともに長らく私の手元から
姿を消していた「相生線」の写真の話であります。

相生線は石北線・美幌駅から分岐、36.8kmをほぼまっすぐ南下して北見相生に到達しておりました。
もともとは、釧路までの計画路線でありました(釧美線:せんびせん)が、一期工事:美幌から、
写真の津別(開業から廃線まで2面2線)まで、二期分:津別から相生と進めるうちに、
残りの南側は釧路まで作っても、まったくモトは取れそうにない.というような相談が、各お役所間で、
珍しくスミヤカニ取りまとめられたらしく、「相生線」として歩み始めます。

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*美幌ー津別:一期線、大正14(1925)年開通
*津別ー相生:二期線、大正15(1926)年開通
*昭和55(1980)年、赤字一次ローカル線の指定を受ける
*昭和60(1985)年3月31日(日曜日・・・ここ試験に出ます!)、運輸廃止
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沿線人口こそ、それほど多くはありませんでしたが、手付かずの原生林が山のようにあるものですから
(フツー原生林て、川とか海にはないのではないのか?・・・だからどーだってゆーのよ!!)・・・
どんどん山肌が丸坊主になっていったそうです。


北海道にはそのような箇所が随所で見られました。
国鉄・羽幌線で、天塩川水域、池北線(後のふるさと銀河線の、特に置戸・陸別間)などなど・・・


しかし、以前、特に戦前は、「育てる産業」を怠っておりましたし、二次世界大戦で「鉄材」が
不足してきますと、沿岸警備船は木材・・・航空戦闘機も・・・実際使われることはなかった
ようですが、木製にしてしまえ!!とばかりに、木製の兵器がイロイロとできちゃったようです。

そこまでしてやらなければならない戦争でしたから、結果はご覧のとおりで、残されたのは
中途半端に植林された山々。


戦後も落ち着いてきますと、材木は安い外国製、運送は輸入港から目的地になりますので、
トラック輸送がメインになりました。


そうすると、過去の日本の「材木の生産地」は内陸の交通が不便なところにあって、割高であります。
だんだん活躍の場が狭くなり、ついには第一線から撤退、林業を第一としていた町も勢いがなくなり、
そこに通っていた鉄道も終焉を迎えるようになります。


下の一葉は相生線最終日の「津別駅」の様子であります。


土曜の仕事を終わらせ、間一髪大雪5号の自由席(14系)に滑り込みました(寝台車・座席車各3台)。
津別からの帰りは「美幌まで(16.6km)徒歩」とありまして、よほどさよなら列車でも乗れなかったので
しょうか?
歩いて帰ってきたのは覚えていますが・・・・
途中、「活汲かっくみ」でも写真を撮ったはずですがありません。

まー、30年くらい経ったら(生きていないかもしれませんが)遺品からでてくるかもしれません。

あとの、メモには「オホーツク、183、初乗り、ワーイ」とあるだけで、
お恥ずかしいですが、183系(オホーツクは当時、一部が80系82形がまだ使われていました)に
初めて乗ったのだと思います。
まるで幼稚園児の遠足です。

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津別駅の最終日、昭和60(1985)年3月31日


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上の津別の駅は覚えていますが、他の行動は一切覚えていません。

疲れて印象がない旅行というのはやめたほうがいーなあー、とその時初めて思いました。


最後に一言、
安価な家具は家具で、我々の生活基盤を支える貴重なものであると思いますが、
飛騨の「背摺りの木目あわせの技術」、大川の「風呂作り」、ちょっと建具の分野になりますが、
秋田の「埋み杉障子」など、まだまだ伝統芸は息づいていますし、必要とされていると思います。


国産の林業、もう少し盛んにして、日本の古くからの技術を国産の材料で伝えていきたいものですね。



相生線最終日の写真が手元に戻ってきたお話      了