今年、初めて、「逃げ水」を見た話、2014.5.7 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

「逃げ水」と申しましても、しょせんが「蜃気楼」ですからね・・・
地方によっては、地鏡、水影、偽水面・・・という表現もあるようで
それぞれに、なんとゆーんでしょーね~・・・・その現象に対する、不思議さ、驚きが
ちょっぴり入っている所がいーですねー。


名付け親の感動が、チョイト、盛り込まれているような気がいたします。
英語圏では、合理的に " mirage " ですよ!
日本人に生まれてよかったと思いませんか?!


5/7の北海道地方は肌寒く、水たまりもできるくらい、午後のイットキ雨が降って、
そこでまた気温が下がり・・・といったような気が滅入る春の一日で・・・
「逃げ水」なんて出ようがないと思いのですが、そこは自然ですか・・・

真面目にそろそろ行かないと、皆さんに怒られそうですね・・・

蜃気楼=大気の異常屈折現象の一つであります。
晴天の日に道路面などが異常な高温になる程に暖められると、それに接する空気が
暖められて、地上1mくらいとの間に急激な温度差が起こり、このとき地面付近に動く不明瞭な
倒立像が見られます。ここれが画像成立の原理というのか条件だそうです。


遠くから見ると、道路に水たまりがあるように見えますが、近づいてみると水たまりはなく更に
遠くに見え、あたかも水たまりが逃げて行くかのように見えることからこの名が付きました。


わが国では、古くから、「武蔵野の逃げ水」として有名であります。
いつ頃から知られるようになったのか?また何故関東平野のみが有名なのかは
存じませんが、


鎌倉時代後期の1310年頃、藤原長清さんが編纂された「夫木和歌抄・ふぼくわかしょう」には


「東路にありといふなる逃げ水の 逃げ隠れても 世を過ごすかな」
   読み人知らず、季語:逃げ水・春(これにも少しびっくりです)


<現代誤訳
 東の方では、あり?といった現象の「逃げ水」とやらがあるらしいからと、中身を聞いてみたら、
   逃げ隠れするにはちょうどいいようなので、
   これからは、逃げ水のように世間の目をくらまして生活していくのもいーよね・・・
    (現代誤訳には100%責任を持ちません)


なる歌が乗っているのですが、この「夫木・・・」が万葉集以来の優れた歌の拾遺編纂、全36巻で、
本御歌は26巻目に収載されており、読まれた時代もわかりません。
これを見ても、かなり古くからの言葉といえます。



ところで、ここからは御存じない方の方が多いと思いますが・・・
話は、突然変わって、昭和36-41(1961-66)年まで、少年サンデーと云ふ雑誌に
「伊賀の影丸」という忍者マンガが横山光輝氏の手によって連載されておりました。


「影丸」ですよ!!「陰丸」ではありませんからね!!!!!
☆影:地表などにできる、太陽光線があるもので遮られてできた結果の産物。
  陰:太陽光線が、物に当たって明るくなった反対側の、光が届かなかった部分。


その第五部が「半蔵暗殺秘帳の巻」となっておりまして、公儀隠密の忍者群と対抗するのが
飛騨忍群。
六部が「地獄谷金山の巻」でこれも対抗するのが飛騨忍群で、それぞれ首領の名前が
「寒月斎」と「円月斎」。
各々の得意技が、寒月斎さんが「忍法・逃げ水」。円月斎さんが「双条鞭」でした。


まー、子供のお遊びですから、横山さんもいろいろ考えて下さいましたよ。
「忍法・逃げ水」は寒月斎さんの逃げの術で、追手がいくら追いかけても差が縮まらず、
そのうち消えてしまうという、「人間蜃気楼」ともいうべき画期的忍法でありました。
・・・冬はどーするんだろーね、なんて考えるのはやめましょー。


やはり、忍者は闇にまぎれて活動するというイメージが横山氏にはあったのか
主役には「影」の字、相手方の首領の名前には「月」「鬼」「寺」が多くはいっていたような
気がしました。


ところで、現代まで、忍者関係である程度文献レベルで分かっていることから、
確実なことまで入れますと、以下のごとくかと思われます。
①日本史上、最初に忍者(らしき)職業集団を使ったのは(伝)聖徳太子の
  「志能便・しのび」であろう?
②戦国期、忍者を雇っていたのは武田の「乱破ラッパ」、真田、六角定頼・義賢(近江)
  などがあげられます。織田、豊臣、徳川がかかえたという証拠は1600年以前にはありません。
②’ただし、真田方の猿飛佐助、霧隠才蔵は全くの架空の人物です。
③流派として証明されているのは、伊賀、甲賀、根来の3流派だけで、飛騨忍群の存在は
  実証されていません。
  なお、根来衆の隣に縄張りのあった「雑賀衆・さいが」は「テクノクラート:職能集団」であります。



後半は、自分の好き勝手書いてしまいまして、お付き合いいただきありがとうございました。
本当に感謝申し上げます。
特に、「伊賀の影丸」なんかしらねーよ、とおっしゃる年代の方々には重ねて御礼申し上げます。


今年、初めて、「逃げ水」を見た話、2014.5.7   了